ある街の吸血鬼

 私は吸血鬼である。

 とある地方都市のとあるアパートに住む、一見普通のフリーター女性だが人間ではない。

 血を吸う怪物。日光を嫌い、十字架やニンニクが弱点。

 そういう御伽噺の登場人物のような存在が私である。

 しかし、大っぴらに怪物性を発揮して暴れ回るというようなことはしない。深夜に仕事帰りの若者に襲いかかると言うようなこともしない。

 私はこの世の片隅で正体がバレないようにひっそりと生きている。

 当たり前だ。吸血鬼であることがバレればタダでは済まない。

 どういう形であれ必ずろくでもないことになるだろう。

 なので私は静かにフリーターとして悠久の時を過ごしている。

 食料は調達してくれる知り合い(ヤブ医者)が居るので問題はない。

 だから誰にもバレないようにこっそりひっそり、昼間は外に出ず夜型の人間を気取って、息を潜めて生きている。

 そんな私の日常。そんな私のある日。

 夜遅くの人気のなくなった公園。その街灯の下。

 私は上を見上げて固まっていた。

「だから、僕はこの街で暴れるんだ。人を殺しまくって、街をボロボロにして。怪物の王様に君臨するんだよ」

 痛々しい同族が街灯の上に立っていたからだ。

 暇つぶしに訪れた公園でこの青年吸血鬼は突然上から話しかけてきた。多分待ち伏せしていたのだろう。

 そして、これからこの街で猟奇殺人事件を起こすと宣言したのだ。

 これは困った。これはキツい。

「今時そんなことしてる吸血鬼居ないよ。やめときなよ」

 私は言う。私の眉は絶対にハの字に曲がっていると思う。

 あんまりにもこの吸血鬼を見ていられないからである。

「それが間違いなんだ。僕らは誇り高き血族の末裔なんだよ? 伝説の怪物なんだよ? 怪物は怪物らしく振る舞わなきゃ」

 青年吸血鬼はニタリと笑った。

 私は顔をしかめる。付き合いきれない。

 この青年吸血鬼は重度の厨二病である。吸血鬼には多いのだ。吸血鬼そのものが厨二病の塊みたいなものだからだろう。

 特に若い吸血鬼はこの病にかかりやすく、無意味に尊大に傍若無人に振る舞い、古参の吸血鬼を辟易させるのである。私も今辟易している。

「さぁ、何人殺そうかな。真っ赤に染まった血の池で狂ったようにステップを踏みたいね。肉でオブジェを作って、悲鳴がバックミュージックだ。ハハハ!」

 私はますます顔をしかめる。ここまで重度なのも珍しい。この若い吸血鬼は完全に自分に酔っている。吸血鬼になる前はさぞアニメや漫画が好きだったに違いない。

 そして青年吸血鬼は街灯の上から私に手を伸ばした。

「君も一緒にやろうよ。きっと最高の気分になる」

 やれやれ。私はため息を漏らす。

 この手のやつは大抵そもそもことに及べないかいざことに及んだらビビり倒して錯乱する。だから、害自体は無いのだがやたらに吸血鬼の存在をひけらかされるのも困る。

 だから私は吸血鬼が重度の厨二病吸血鬼にいつもするように事を行った。

「ほげっ....」

 私は一瞬で背後に立ち(吸血鬼の異能で宙に立てるわけである)青年吸血鬼に手刀を振り下ろし意識を奪った。

 ぐったりとなり、青年吸血鬼は地面に落下、激突した。

 私は下に降りて青年吸血鬼を肩に担ぐ。

 これからこの青年吸血鬼に教育を施さなくてはならない。すなわち、この人の世で吸血鬼が生き残るためのルールを教え込まなくてはならないのだ。そうしなければいつか吸血鬼の種族全体を困らせる。なので、そうならないように知識を教え込まなくてはならないのだ。

「もう、怪物が暴れられる時代じゃないんだよ。人間の数には絶対勝てない」

 私は独り言を漏らす。

 今は人の世だった。

 もう御伽噺の時代は終わったのだ。

 御伽噺の登場人物はこの世の隅でひっそりと過ごさなくてはならない。

 世知辛いことこの上ないが、それは世の中というものだった。

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