Disc.01 - tr.10『新入部員とパプリカとUR』

「……ん…っ……」

 日々希は元々細いその双眸をきゅっと閉じ、何かに耐えるように小ぶりな口唇くちびるを引き結んでいる。

 一見、苦悶の表情とも見えるそれは、暫しの後にふっと全てを解放されたように緩み、やがて、ゆっくりと息を吐くと、紅潮した頬を除いて元の表情に戻った。

 その様子を見ていた電音部一同も何故か赤面していたのだが、最初に我に返った響一郎が彼女の両耳からヘッドフォンを外す。

「――如何です?」

「Excellent!!」

「わぷっ!?」

 余程感極まったのか、日々希は思わず響一郎の頭を抱え込んでからのハグに突入してしまったのだった。

 突然のことに顔色を朱くしたり蒼くしたりと忙しいソニア、思考回路がショートして酸欠の金魚よろしく口をぱくぱくさせている真貴。

 それを尻目に本日何度目かの激レア状態を堪能していた真紅が頃合いと日々希の肩を軽く叩いた。

「ヒビキ・感激!!…なのは充分解ったから、そろそろ放してやれ? …その、色々と危険な状態になっている気がするぞ」

 それで我に返った日々希、あら~~という感じで響一郎を解放した。こちらも顔面朱を刷いた如しなのは酸欠の所為だけなのかどうか。

「ゴメンなさいね~~雨音くん~~苦しかった~~?」

「雨音、まぁ気にするな。ヒビキは時々スキンシップが過剰でな(・∀・)」

「……いえ、まぁ、楽しんで頂けたようで」

 いつになくしおらしい響一郎にジト目で抗議する真貴とソニア。武士の情けだ、とでも言いたげに知らん振りの真紅。


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「――さ、さぁ。次は真貴さんよ」

 わざとらしく咳払いをしてソニアが強引に話を戻す。

「は、はいっ!!」

 ビシッ!!と敬礼でもしそうな勢いで起立する真貴。――でも待てよ。

「……あの、ヒビキ先輩」

「?」

「その……そんなに感激、したんですか? 思わず抱き付いちゃうくらい……」

 思わず…の後は次第に音量が下がりごにょごにょとしていたので聞き取れていたのか怪しいが、それでも日々希は聖女のような笑みを全開にして宣った。

「うふふふ~~それはね~~……聴いてのお楽しみ~~」

 最後に人差し指を立てて唇にちょんと付ける。思わず幽体離脱しかかったのを必死に思い留まる。あ、危ない……。

 後ろで真紅が「あざとい…あざとい…が…これが天然モノの威力なのか……っ」とかなんとか呟いているが聞こえなかったことにした。

「ま、そういうこったな。百聞は…いや、この場合は『百見は一聴に如かず』とでも言うのか? 自分の耳で確かめるんだな」

 響一郎がそう言いつつ、真貴にヘッドホンを被せる。さっきの光景がフラッシュバックした真貴は我知らず赤面するが、彼はお構いなしに進めていく。


「先ずは最初に録ったラジカセの音だ」

 ♪曲がり、くねり……

 あぁ、最初に聴いた音だ。柔らかくて、ほっこりして、でも力強い。

 だが――ヘッドホンで聴くことでそれだけではなく、背景に付き纏う微かな雑音だったり、どことなく音の広がりが窮屈に感じることにも気付く。

 これはこれで悪く無い、のだが。何か物足りないのも確かなことで。

 そんなことをつらつらと考えていると、曲が終了した。


「次、このデッキでそのまま録った音。NRドルビーも入れてない」

 ♪あなたに会いたい……

 ――え!? 何コレ!?

 さっきと同様ほっこり感はある。だが、ラジカセのほっこり感が全体にぼやけたようなそれとすれば、こちらはその中心に明確なピントが合っている感じだ。

 それより何より。恐ろしくキレの良い、この音。さっきと違い、高い音も低い音もはっきりと出ている。これ、本当に同じテープなのだろうか。

 とは言えあまりにもキレが良すぎる代償か、迫力という点ではラジカセの音に一歩譲る気がする。音量が小さい……?

 そう思った頃には曲が終了する。


「音が小さいとか思ったろ?」

 こちらを見透かしたように響一郎が訊いてくる。思わず頷くと、

「ラジカセは録れる音の範囲を狭くしてその範囲でうまくまとめてあるんだ。だがこのデッキはその範囲が広い。でもって特に低音と高音は音が潰れやすいから、全体的に音が小さくなる」

「大きい音で録れないの?」

「その辺は等価交換になるかな。どーしたってテープの性能そのものが変わる訳じゃ無いからな。あっちを立てればこっちは立たず、ってな」

「むぅ……難しいんだねぇ」

「音が小さいのはもう一つ。このテープはデッキの基準より感度が落ちる。なんでざっくり言うと同じくらいの音で録音したつもりでも大体は小さくなっちまうんだこれが」

「なんか納得いかないなー……」


「で、最後にコレだ」

 響一郎がテープを取り出しB面にひっくり返す。

「今までのことを踏まえて、先ずは黙って聴け」

 ♪あなたに届け……

 A面と同様、やはりキレの良い音。だが、これは――一段上の音だ。

 この音を聴いてしまった後では、さっきの音は音域によっては不自然に強調されたりぼやけた部分もあったように思う。それ程にこの音は自然な感じがする。しかも背景で微かに気になっていた雑音も殆ど気にならない。

 日々希先輩があんな表情をしていたのが、響一郎に思わずあんなことやこんなことをしてしまったのが(納得は行かないが)解ったような気がした。

 こんな、こんなにも凄い力を秘めていたのか、カセットテープって……。

 曲が終了した。


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