Disc.01 - tr.11『新入部員とパプリカとUR』
「……ふわぁ……」
まだ視界がふわふわする。さっきまでの『パプリカ』の余韻が両耳の奥でまだ微かに鳴り響いているようだ。
あまりにも呆けていたためか、先輩トリオが心配そうにこっちを見ている。
「どうよ?」
僅かに口角を上げて響一郎が訊いてくる。あれって心の中じゃ絶対ドヤってるな。
さっきから驚かされっぱなしで、なーんか素直に褒めてやるのも業腹モノだったので、真貴は敢えて素っ気なく答えた。
「ふーん、ま、まぁ、さっきのよりは、音、良かったね?」
「具体的には?」
「……ラジカセのもあれはあれで好きだよ? ちょっとレトロっぽいっていうか、でも結構、迫力はある感じで」
ふむ、と頷いた響一郎が真剣な眼で黙って先を促す。
「その…デッキ?って言うの?…で最初に録音したのは、ちょっと音が小さめで最初は迫力無いなー、って思ったんだけど」
響一郎は黙って聞いている。
「ボリューム上げてみたら、なんて言うか、綺麗な音で……普段スマホで聴いてるのとそんなに変わらない感じだった。同じテープなのに、なんでこんなに別物!?っていうくらい」
思わず生真面目に答えてから、しまった!!絶対ニヤついて
予想外の彼の反応に顔が火照るのを感じつつも、真貴の口は止まらなかった。
「で、最後に聴いたのが、あれ、凄いよっ!! 前の2つはちょっと後ろでサーサー言う雑音みたいのが気になってたんだけど、それが殆ど判らないくらい静かで!!」
「もーCDとどっちがどっちか判らないくらい!! ……いや、ちょっとだけ
あれだけ塩対応すると決めていたのが、いつの間にやら飛び跳ねそうな勢いで捲し立てているのは、まだ火照りが覚めやらぬ頬のせいでは無い筈だ、多分。
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「……そういえば」
ここで真紅が口を開く。
「ラジカセはともかく、そのデッキで録ったA面とB面は、何が違うのだ?」
「そうよね~~どっちも音が良いのは同じなんだけど~~」
「違いと言えば、真貴さんの指摘どおり、雑音の量と音質のバランス、ですかしら?」
「そうですね。さっきもちょっと言いましたが、違いと言えば、A面はデッキは何も弄らないで、B面はキャリブレーションされたうえ
「きゃりぶ…れー、しょん?」
「ノイズ…リダクション?」
「
ふむふむ、と一同。
「じゃぁどうすりゃいいかと考えて、巧いこと考えたのが
「しかしそれでは聴く時にもキンキンしてしまうだろう」疑問を呈する真紅。
「その通りです。で、聴く時には高音域を絞る。それで音は元通り」
はっ、とする真紅。
「マスキング効果、か!」
「ますきんぐ?」頭上に?が点灯している真貴。
「人間の耳は同時に鳴っている音だと、より小さい方はあまり意識されないのだ」と真紅。
「ですね。で、雑音は主に高音域だから、近い音域を敢えて大きくして――」
「――すると、録音の時点で雑音が隠されてしまう訳か。で、聴く時に更に音量を下げるから――」
「ええ。音は元に戻るだけですが、同時に絞られる雑音は元より下がる」
「雑音ひとつでそこまでやってるのね~~」
「なんてエレガントな……創意工夫が美し過ぎますわ…っ!」
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「雑音が綺麗さっぱりなのは解りましたけど、もう一つの、キャリブレーション? というのは?」
「言葉通りなら『
「意味は同じですよ。つかそっちから援用された言葉ですね」
「何と何を比較するの?」と真貴。
「これもさっき、デッキには基準になるテープあるって言っただろ?」
「うん」意味は全く解っていない真貴。
「てこたぁ、その基準になるテープで録ると元の音にほぼ近い音で録れる」
「うんうん」
「そこで問題。基準テープと性能が違うテープで録るとどうなるか?」
「えー……お、音が変わる、とか?」
「概ね合ってる。テープの性能の違いは、デッキの側から見ると、大体は適正バイアス値と感度になる。機種によっちゃイコライザーカーブとかもあるが、これはこのデッキには無いんで措いとく」
「???」聴いたことも無い用語だらけで脳内が疑問符だらけな真貴。
「バイアス…は偏差値のこと…なのか?」と真紅。
「ええ、意味としては。磁気テープは録音する時に、テープ自体の雑音を打ち消すために、音声信号と同時に超高周波を録音してます。その波長が短い程、残る雑音が大きくなる」
「最初からそんなの入れなきゃいいんじゃないの?」
「この方法が発見されるまではもっと酷かったんだよ。交流バイアス法といって、最初に発見したのは日本の研究者だな」
「おぉ!! これぞ国の誉れ!!」真紅さん、言うことがいちいち古風というか大仰です。
こほん、と咳払いして響一郎が続ける。
「で、そのバイアスの適正値ってのはそもそも国際基準があるんだが、ある程度の幅も許容されてる」
「えらく緩い国際基準ですわね」
「それだけ日進月歩に高性能化してたとか、当時の工業技術の限界とかもあったんでしょうがね」
「だが、許容範囲がある、ということは――」
「ええ。テープの性能に合わせてそこを変えてもいい」
「高性能なテープであれば、当然ノイズも少ないから――」
「適正バイアス値は減らせますね。その方が高音域は伸びるから音質面でも有利になる」
「?? えーと、えーと、どゆこと??」真貴は既に脳がオーバーフロウ気味。
「バイアスが少ない方が~~高音が強くなる、ってこと~~?」
「その理解でいいと思います。弊害として音が潰れ易くなるってのはありますが」
「A面の音は雑音もですが高音が全体に出てませんでしたわね」
「と、言うことは――このテープは基準より適正バイアス値が少ないのか!」
「そういうこってす」
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「もう一つ、何か言ってましたわね。感度…とか…?」
「ええ。こっちは比較的単純な話で、要は録音した音が元の大きさで再生出来るかってだけです」
「へ!? それって当たり前なんじゃ……」
「必ずしもそうじゃないってのはさっきのテープで判ったろ?」
「あ……」
そう。A面の音はラジカセのそれと比べてもなんか小さかった。しかし、B面の方は……
「ちなみにA面とB面は録音レベル―録音する音の大きさ―は一切変えて無ぇからな」
「でもでもっ、それだけであんなに変わるのっ!?」
「これはもう純粋にテープ自身の性能というか個性だと言うしか無いんだが…そこで例題。副部長殿が基準として、部長殿が感度の高いテープとすると、どーなると思う?」
ちょっとニヤついている。あ、これ絶対何か悪巧みしてる顔だ。
「……んーと…こ、声が大きくなる、とか?」
「その通り~♪」
そ、ソニア先輩、そんなに睨まないで下さい~(( ;゚Д゚))) これ絶対、誘導尋問です~!!
何か言いたげにこちらを睨んでいる悪役令嬢モードのソニアに怯えつつ、真貴は半泣きで響一郎を見据える。
「判り易いだろ? 感度の高いのは声がデカいってなw」
さっきよりソニアの視線がキツくなっている気がするが、響一郎は意に介さず解説を続ける。
「でも~~大きいだけなら別にそれで良いような気もするけど~~」
「そうだな。むしろ良いことずくめではないか?」
「例えばそっちのラジカセで録るくらいなら、単に良い音だな~、で済む話なんですがね」
「こっちのデッキだと駄目なの?」
「ここで出てくるのがさっきの
「うん。高い音を大きく録って小さく鳴らす、だよね?」
「そんなとこだ。ところで、
「へ!? じゃぁどうなってるの?」
「特定の音域―要は高音域だな―の信号のレベルが基準以下になった時だけ録音レベルを上げて、再生の時にもその逆の動作をしてる」
「なら問題無いんじゃないの?」
「ここで、さっきの感度って奴が絡んでくるんだよ――副部長殿?」
「ん?」
「感度が高いと再生レベルが上がります。ですがデッキの側ではンなこたー知ったこっちゃ無い。どーなると思います?」
「ふむ――」名探偵よろしく形の良い顎に右手を当てて考え込む真紅。
「デッキ側での
「ですね」
「と、言うことは――」
「高音を絞るポイントがズレる、ということかしら?」
「そうです。で、実際に聴いた時にどうなると思います?」
「なんか~~高い音とか~~雑音が~~不安定になるのかしら~~」
「正解です。それを踏まえてA面を聴き直すと判ると思います」
「……な、なんか解ったような解ってないような……」
真貴の灰色の脳細胞は本日何度目かのオーバーフロウを起こしていた。
その後、4人は再びA面とB面を聴き比べつつ、あーでもないこーでもないと騒ぐのだった。
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【予告】
時は21世紀、史上稀に見る未曾有の災害に見舞われたこの地球を陰から狙わんと蠢く悪の帝国――
世界を蹂躙する猛威にすべての希望が潰えたかに思われたその時、敢然とそれに立ち向かわんと戦う者が現れた!!
彼女らこそは地球最後の希望!! 今こそ
劇場版きゃりぶれ! 『磁帯戦隊キャリブレンジャー! -出陣!!新たなる戦士-』 かみんぐ・すーん!!
G.W.堂々公開!! ……出来るといいなぁ。
※磁帯;カセットテープの中国語表記
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