Disc.01 - tr.05『新入部員とパプリカとUR』

「――で、」響一郎の声で我に返る真貴。

「そろそろ説明して頂きたいんですが、今から何をするのか。先輩方?」

「今、やっているではないか」と真紅。

「「!?」」――今!? 真貴は響一郎と思わず顔を見合わせる。

「今……って!?」

「カセット回しつつお茶してたな」

「そぉよぉ~~」と日々希。

「それが、普段の活動なのですわ。遺憾ながら」額を押さえつつソニア。

「"音楽の鑑賞"という趣旨には合ってはいる……だろう?」目を逸らす真紅。

「まぁ~~、のんびりお茶しながら音楽鑑賞しましょう~~ということね~~」あ、冷や汗。

「も、勿論、鹿苑祭ろくおんさいや各種行事の際にはそれらの記録を録ったりもしますのよ」

「そう。今のそのラジカセにはマイクも繋げるからな」へーえ。ほうほう。

「あとは舞台発表や校内放送で~効果音とか流す時に録音したりね~~」あーさいですか。

「「……」」ジト目になるのを抑えきれない新入部員ズであった。


<< □ |> ○ || >>


 結局、流されるままに二人が3杯目の紅茶を口にした頃、ブツッと音を立ててそれまでBGMを奏でていたラジカセが停止した。カセットの片面が終了したらしい。

 そう言えば、と日々希が両手を拍手するようにぽんと打つ。

「二人とも~~カセットに録音したことって~~ある~~?」

「少なくとも藤與ふじよくんは無いようだな」

「――は、はいっ!! 無いですっ!!」と元気に挙手する真貴。

 響一郎は無関心と言った体で最後の紅茶を啜っている。

 ソニアはそんな様子の彼をちらと見たが、軽く溜息を付くと真貴の方を向いて、

「それでは、折角なので体験してみましょうか?」と、おいでおいでをする。

 これまた呼ばれた子犬宜しくラジカセの前に真貴が移動すると、先ほどのテープを渡される。

「先ず、これがカセットテープ。表も裏も同じ形でしょう? 両面とも使えるのよ」

 そう言われて引っ繰り返して見ると、確かに同じだ。厳密に言うと片面には四隅にネジ穴が見えているが。

「正面から見て左から右へ中のテープが流れるので、録音する場合はそこだけ確認なさって」

「それと、中のテープがたるんでいると機械に巻き込むことがあるから、指で軽く回しておくといい」と真紅。

 ふむふむ、と真貴はリール穴に指を差し込んでテープをぴんと張る。

「次はラジカセね~~」と、日々希が先ほどの大振りなラジカセを押し遣る。

「この『停止/取出STOP/EJECT』ボタンを押せば蓋が開くから~~」

 言われたとおりに押し込む。意外に固い。カチャ、と思ったより静かな音がして正面の蓋がゆっくりと開いた。

「……な、なんか動きが意外に滑らかというか……高級感があるっていうか……」

「そうですわね。如何にもザ・昭和の家電!!という造りねぇ」ソニアがうっとりと宣う。

「うむ、この質実剛健さ、重厚感。機械とは斯く在る可し、だな」うんうんと頷く真紅。

「この蓋の開きっぷりとか~~何回やっても飽きないのよね~~」と日々希。

 ……あれ? 先輩方? ちょっと目が逝っちゃってますが!?


「――あー、」咳払いして真紅が続ける。

「その蓋にテープを差し込んでくれ。テープは天地逆さにしてな」

「え!? 逆さまなんですか?」

「そうよぉ~~」

「その逆さまにした上の方に窓が3つ開いてますわね?」

「その窓にラジカセの端子―というかこの場合はヘッドと言うのだが、それが差し込まれて録音される」

「だからね~~そのヘッドがついてる方向に合わせて入れるの~~」

「部室にあるラジカセは大抵蓋の上方向にヘッドが付いてますから。まぁ、そもそも向きが違うと入りませんけどね」

 なるほど、と納得して真貴はテープを蓋に差し込んだ。そのまま蓋を閉める。本当に動きが滑らかだ。しかも適度な重さがあって安っぽくないのがまたいい。さっきの先輩たちの気持ちがちょっと解るような気がした。

「あとは、その上に付いている『録音REC』と『再生PLAY』のボタンを同時に押すと録音できますわ」

「二つ、なんですか? 『録音』だけじゃなくて?」

「これは推測だが、『再生』はヘッドを差し込んでテープを回す機能で、そのままだとテープの音を読み取って鳴らす。で、『録音』がおそらくはそのヘッドの機能を切り替えるスイッチのようだな。同時に押すことで書き込みモードに切り替わるのだと思う」

真貴は蓋を開けて中を覗いてみる。

「へぇ~なんか結構、複雑なんですね~……あれ? もうひとつ隣に黒いのが付いてますね?」

「そっちは~~消去用みたいね~~」

「消去用?」

「そう~~。消す専用~~。試しに蓋を開けたままさっきのボタンを押してみて~~」

 『録音』と『再生』を同時に押す。すると上部中央の銀色の再生ヘッドと隣の黒い消去ヘットが同時に下り、隅にあるゴムのローラーが回り始めた。一度止めて、次は『再生』のみ押す。今度は黒い方は下りてこない。

「録音の時は先にその黒いのでテープの音を消してから銀色ので記録しているのだろう。何も音が入らない状態で録音すると綺麗に消えるからな」

「それって、単に消したい時って、ずーっと回してなきゃいけないんですか?」

「そうなのよね~~それだけはちょっと面倒かも~~」


「では、録音してみましょうか」とソニア。

「あ、でもこのままだとさっきみたいに声が入っちゃうんですか!?」

「いや、せっかくなので何か音楽でも――」

「じゃ~~このCD使う~~?」

 日々希がポータブル型の小さなCDプレイヤーを持ってくる。

 真紅がケーブルを持ってきて、片方のイヤホン端子プラグのような側をCDに、反対の二股になった紅白の先端をラジカセの裏側にある同じ色の端子ジャックに差し込む。

「え!? CDって付いてないんですか、これ?」

「そもそもCDすら無い時代の製品だと思いますわよ」

「幸い、昔の機械は端子が色々と付いていて拡張性は申し分ないので、外付けでどうとでもなるからな」

「ちなみに、そこにスマホを繋いでもイケるわよ~~」

「さて、真貴さん、ラジカセの入力モード切替を『外部入力AUX』にして下さいな」

「――っ!!」不意の名前呼びに一瞬赤面した真貴だったが、目的のつまみを見つけると言われた位置に捻った。ガチャッ、という手応えがある。スマホのタッチパネルとは真逆のメカニカルな感触がこれはこれで心地良い。

「その『外部入力』というのがさっきのケーブルを繋いだ機器からの音を拾うモードになりますのよ」

「今はCDだが、おそらく当時はレコードの録音などに使ったのだろうな」

「レコードもそのうちやってみましょうね~~」

「CDは何かありまして?」

「ここにあるわよ~~」

「あぁ、これならまぁ知らん者は居ないだろう」

 はい、と日々希からCDを渡される。

「あ、『パプリカ』!!」


<< □ |> ○ || >>


 真貴の目の前には大振りなラジカセと、ケーブルでつながったポータブルCDプレイヤーが鎮座している。

 ラジカセにはテープが、CDプレイヤーには先ほど渡された『パプリカ』のCDがセットされている。

「この場合に大事なのは、」とソニア。

「『一時停止PAUSE』ボタンの活用ですわね」

「交差点みたいですねー」

「ある意味、同じようなものかもな」ほぅ、と得心顔の真紅。

「そうねぇ~~。車は急に止まれない~~、テープは急に回らない~~、みたいな~~?」

「最初にラジカセの『一時停止』を押して、次に先程の『録音』と『再生』を押してご覧なさい」

 『一時停止』を押す。今までと違って押し心地がとても軽い。次に『録音』と『再生』を同時押しすると――。

「あれ!? テープが回ってない?? ――なんかラジカセは動いてるっぽいのに??」

「その通り。それが『一時停止』の機能だ」

「自動車が信号待ちでブレーキだけ踏んでるような感じかしらね~~」

「そうですわね。『一時停止』はブレーキのようなもので、それを解除すると即座にテープが回り始めますの。まぁ、言うならば犬に『おあずけ!!』している的な」

 い、犬ですか……それだと令嬢というより女王様っぽいです先輩、と真貴が不遜なことを考えていると、

「――なので、CDの『再生』を押したらすぐにラジカセの『一時停止』を押しなさい」

 と、当の令嬢改め女王様が不遜な後輩の両手をそっと掴んでCDプレイヤーとラジカセのボタンにそれぞれ導いた。真貴はまたもや赤面しつつ何度も頷く。――ところで日々希先輩、なんでそんなに嬉しそうなんですか?

「さて、」とソニア。

「では、」と真紅。

「初体験~~!!」と頬を桃色に染めて日々希。おぃ。


 ごくり……。固唾を呑む音って聞こえるんだ、と他人事ひとごとのように思う。

 右手人差し指はラジカセの『一時停止』の上に、左手人差し指はCDプレイヤーの『再生』の上に。

 先輩三人は静かに見守っている。両手を逆手に腰に添えた悪役令嬢ポーズのソニア、腕を組んで左手を顎に添えた名探偵ポーズの真紅、両手を豊満な胸の前で組んで矢鱈と瞳を煌めかせている日々希。

 CDプレイヤーの『再生』を押す。一瞬の間があり、ディスクが回転を始めるひゅいんという軽やかな音がする。次はラジカセの『一時停止』を――かちゃ。拍子抜けする程に軽い音を立ててボタンが上がり、テープが回り始めた。間を置かずに聴き馴れた『パプリカ』が流れてくる。


 やがて、歌が終わりCDを停止させると、かなり間を置いてがしょんと大きめの音と共にラジカセが停止した。


「ふぇーーっ!!」つ、疲れた……orz

「慣れないうちは緊張するからなぁ」はいぃ…。

「でも~~これがだんだんクセになってくるのよね~~」え!?

「そのうち眉一つ動かさずにできるようになりましてよ」無理ですぅ…(´・ω・`)

「……そういえばこれ、裏面にも録音、できるんですよね?」

「理解が早くて宜しい。表と裏で1往復、そのテープを幅半分ずつ使う」

「なのでテープに書かれている録音時間は両面の合計になりますわね」

「…ってことは、裏面も同じくらいの時間になるんですね。こっちにも同じ曲、入れますか?」

「それもちょっと芸が無いかな……?」

 先ほどの名探偵ポーズのまま、ふむ、と考え込む真紅。

「それなら~~これなんかどぉ~~?」

 日々希が別なCDを差し出す。

「あ!!」

「英語版――"Team E"の方か」

「これなら時間もぴったりですわね」

 第二ラウンド開始。こ、今度は緊張で疲れないように……リラックス、リラックス、と自分に言い聞かせる真貴であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る