Disc.01 - tr.02『新入部員とパプリカとUR』

 そして、放課後。

 やっと来た……と、ボロボロの校舎を前に真貴は嘆息する。


 朝のHR以来、斜め後ろの席の響一郎が気になり過ぎて、この日の授業は殆ど頭に入っていなかった。

 終業チャイムが鳴ってから漸く我に返った程だ。

 チャイムが鳴り終わるのを待つ間もあらばこそ、真貴は響一郎が逃げ出さない内にと彼を引っ張ってここ旧校舎まで走ってきたのだ。

 何だか今日は朝から走ってばかりだ……と、彼女の横でぬぼーっと立っている元凶を横目で睨み、

「さぁ、謝りに行こう!!」

「だからそもそも何故に謝らにゃならんかが解らんのだが」

「でもあの先輩、怒ってたでしょー?」

「つーか、ハナからツンツンモード全開だったがw 流石は悪役令嬢w」

「そ、それっ!! そゆとこ!!」ビシィッ!!と響一郎を指さす。

「お前、『矢鱈と人に指さしちゃいけませーん』って親とか先生に言われなかったか?」

「あ、ごめん。―じゃなくってっ!! 今の『悪役令嬢』ってそれ!!」

「?」

「朝、先輩が話してた時に言ってたでしょー!! 初対面であんなこと言われたら誰だって怒るよ普通!!」

「え!? 俺、口に出してたか? あー……なるほど」

「無自覚だったのアレ……」

 がっくしと肩を落とし、とうとう地面にへたり込む。後ろで響一郎が「おーい、汚れるぞー」とか何とか言ってるが、反撃する気も失せた。

「天然無自覚毒舌とか、最高にタチ悪いよ雨音くん……」

「お前のディスりも何気に酷いと思うが」

「まぁいいや、原因が解ったなら誤りに行こ」

「まぁいいが……何処へ?」

「へ!?」

「いや、だって今朝も偶々ここで会っただけだろう? あの人の名前とかクラスとか判るのか?」

「……あー(゚◇゚)」

「もしかして、その辺全っ然、考えてなかったのか?」

 完全に想定外のことに、あうあうと酸欠気味の金魚のように口をぱくぱくする真貴。

 響一郎は呆れたようにそれを見て、やがてニヤリと笑うと

「じゃ、そゆコトで~」と踵を返しかけた―が、


「―君たち、待ちたまえ!!」

 背後から凜とした美声に呼び止められた。



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 ―私、ここに何しにきたんだっけ?

 真貴は先程から自問自答している。

 朝方、怒らせてしまった綺麗な先輩に謝ろうと―

 だが現実は。


「―と、我々『電気音響研究部』の活動内容はこんな所だ。質問は?」

 この紅茶、美味しーなー。いい香り。ウチにある黄色いティーバッグのじゃ無いよなー。

「長いから『電音部』って略してるけどね~~。まぁまぁ、もひとつ如何~~?」

 頂きます、と受け取ったクッキーを頬張る。うわぁ~これ絶対高級な奴だ~歯応えは良いのに口の中でふわっと溶けるように……

「―じゃなくってっ!! ち、違うんですっ!!」

 突然、もの凄い勢いで立ち上がると隣でクッキーをつまんでいる響一郎を睨んだ。あまりの勢いに卓上のカップの中で紅茶が波打っている。


「違う、とは?」

 先程呼び止めた先輩―こちらも朝方の"悪役令嬢"先輩と甲乙付けがたい美人さんだ―が、頭上でアップに纏めた艶やかな黒髪を揺らして首を傾げる。

 この人もスタイルいーなー。武家のお姫様な感じの和風美人さんだよー、と脇道に逸れそうになる思考を真貴は無理矢理元に戻すと、

「わ、私たちっ、今朝この校舎の前で3年生の先輩に会ったんですけどっ!! その時に、人が!!」ビシィッ!!と響一郎を指さし、

「ものすごーく失礼なコトを言ってしまって、怒らせてしまったんですっ!! ほ、本人には悪気は無かったようなんですが……」

「ふむ。まぁ、こういうのは受け取る側の問題だからな。悪気が無ければ良いというものでも無かろう」と武家姫先輩。

「はいっ。そ、それで、その先輩に謝ろうと思って、探しに来たんですけど……(´・ω・`)」

「その人、名前は判るの~~?」と先程クッキーを勧めた先輩が訪ねる。

 こちらはこちらで何というか、ルネサンス期の名画にでも出て来そうなタイプの美人さんである。いつもにこにこしているように弓なりに細められ双眸に、ふんわりとウェーブのかかったセミロングボブの髪と相俟って、全身からほんわかとしたオーラが出ているようだ。一瞬、癒やされて魂が何処かへ飛んでいきそうになったが、真貴は何とか踏みとどまって、

「い、いいえ……名札が青だったので3年生なのは間違いないんですけど……」

「そちらの君、君は覚えていないのか?」

「……いいえ。そもそも、その先輩が何か言おうとした瞬間に、に」と親指を真貴にくいっと傾け、「引っ張られて逃げ出す羽目になりましたからねw」ニヤリと笑う顔が小面憎い。

「―うっ……そ、それは私も悪かったと思うけど……」と俯く真貴。

「それにしても、手かがり無しというのはな。その人の外見上の特徴とかは?」

 それは―と真貴が口を開き掛けた刹那―

「悪役令嬢」

 響一郎が、よりによってドデカい爆弾を投下した。


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 旧校舎に近づいて行く彼女は、そこから漏れてくる笑い声に眉を顰めた。

「―あの声は? 珍しいこともありますわね?」


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 ―なんでこの人たちはこんなに笑ってるんだろう?

先の響一郎の唐突な爆弾発言に、一瞬で全身の血の気が引いて固まってしまった表情の下で、どう取り繕ったものかと思考がぐるぐると当て所ないループを描いている真貴を余所に、先輩二人は大爆笑している。

「あーっはっはっはっ!! あ、悪役、令嬢……ふ、腹筋が……」笑いすぎだ。

「だ、駄目よ~~真紅しんくちゃん~~ソニアちゃんに悪いわ~~ぷぷっ」我慢しきれず吹き出す。

 何というか予想の斜め上を逝く惨状を呈している。

 平然と紅茶を啜る響一郎を睨みつつ、真貴は訳がわからずおろおろしていると、

「……くくっ、だ、大丈夫だ。おそらく、その悪役令嬢先輩とやらは……」自分で言っておいてまた笑い出す武家姫先輩。

「……こ、ここで待ってたら、そのうち来るわよ~~」つられてまた吹き出す癒やし系先輩。

「へ!? それってどういう―」と真貴が訊ねようとすると―


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真紅しんく!! 日々希ひびき!! お待たせしました…わ…ね……?」

 突然、扉をバーンと開け放って入室して来た彼女は、絶賛爆笑中の2名と固まっている1名、それを尻目に平然と紅茶を啜る1名を見て、不意に動作が停止したかのようにスローダウンした。

 おお、期待通りの悪役令嬢ムーヴ、と呟いた響一郎を視線で制して、一瞬その場で固まっていた入室者に向かって、真貴は超高速で頭を下げた。腰の角度90度、完璧な謝罪モードである。

「け、今朝は本っ当に失礼なコトを言ってしまってっ!! ごめんなさいっ!!」

 突然の謝罪行為に理解が追いつかず真貴を凝視していた彼女は、隣の響一郎に気付いて、

「―あぁ、今朝の。いいのよ、貴女あなたは何も悪くないわ」

 と、真貴の頭を上げさせて肩に手を置いた。美女に見詰められて真貴はぽーっとなっていたが、

「むしろ」ギヌロッ!!と一転、今朝の羅刹を思わせる表情になって響一郎を睨め付け、

「謝罪すべきは貴方ですわ!! こーんな幼気いたいけな可愛い子猫ちゃんに謝らせておいて自分は平然とお茶しているなど!! それでも男子ですか貴方!!」

ビシィィィッッッ!!!とでも効果音が出そうな勢いで響一郎を指さす。なんか今日は矢鱈と人を指さす日だなー、と真貴がぼーっと考えていると、

「男女差別はんたーい」平然と返す響一郎。

「んなっ!! そういうことを言ってるのではありませんわっ!! ちょっと貴方、そこへ直りなさい!!」

 もはやどこから見ても押しも押されぬ完璧な悪役令嬢っぷりである。


 流石に真貴も青ざめて―これも今日で何回目だろう―助けを求めるようにさっきの先輩2名を見ると、真紅しんくと呼ばれた武家姫先輩は何事も無く興味深そうに様子を見ている。ならばと日々希ひびきと呼ばれた癒やし系先輩を見ると、こちらもにこにこと見ている。真貴が一触即発の二人を指して口をぱくぱくさせている側で、

「あの1年坊、なかなかやるな」

「そうね~~ソニアちゃんがあそこまで地を出すなんてね~~」

 これではプロレスか何かの観客席だ。それもリングサイド齧り付きの。


 ―駄目だこの人たち。

 腹を括った彼女は響一郎に突進すると、彼を背中からぐいと押し倒し、無理矢理土下座のような姿勢に持っていった。

「すいませんすいません、重ね重ねのご無礼、平にご容赦下さいっ!!」

 先輩の悪役令嬢ムーヴに引っ張られたのか、こちらまで物言いが大仰になっている。

「もー本当にこの人は非常識とゆーか天然無自覚毒舌野郎なので、口は悪いんですけど本人に悪気は無いんですっ…多分…わ、私が後で言い聞かせますからっ、なんとか、この場は、堪えて下さいー!!( இ﹏இ )」

 無意識にうるうる、と涙まで出て来た。本当に今日は厄日としか思えない。星占い最下位だったっけ?

 うるうると目を潤ませる真貴とその下でもごもごと抵抗している響一郎を呆然と見ていたソニアと呼ばれていた悪役令嬢先輩は、毒気を抜かれたように一転、溜息をつくと、

「……あー、もういいですわ。おもてを上げなさいな。これじゃ私が悪役みたいじゃないの」

 響一郎が「みたいじゃなくてリアル…」と言いかけたので更に力を込めて頭を床に押し付けて、

「あ、ありがとうございまずぅ~(இ罒இ)」しゃくりあげると、真貴の涙をそっと指先で拭うソニア。


「お、悪役令嬢から普通の令嬢モードに戻った」何故残念そうなんだ、この人。

「あらあらあら~~百合百合度増し増しね~~」こっちはもの凄く嬉しそう。

 この人たち、美人さん揃いなんだけど、なんか…なんか…

 ソニアに抱き起こされて涙を拭かれながら、真貴は何か色々と納得がいかずに響一郎を睨んでいた。

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