第10話『死ねえええええええ!』
となりのトコロ・10『死ねえええええええ!』
大橋むつお
時 現代
所 ある町
人物 のり子 ユキ よしみ
ユキ: さっきこぼれた憎しみが、わたしを睨んでる……シ……シ(ユキの体からも、ふたたび「気」が吹きだす)
のり子: ユキ!
ユキ: いや……もういや! いやだってば!
のり子: ユキ。どうした、大丈夫!?
ユキ: 大丈夫……大丈夫(後ろ向きのまま立つ)大丈夫よ(振り返る)憎しみは……また、再び体の中に、冷たくたぎりはじめたわ……
のり子: ユキ……
ユキ: 父さんをよこして……八つ裂きにしてやるわ。
のり子: ユキ……
ユキ: この五体をめぐる憎しみが、遠い昔の冷たく寂しい雪の心を思い出させてくれる……
むせぶ泣くような吹雪の音。雪がふる。
のり子: よして、ユキ……やめろよ!
ユキ: およこし、その傘男を。そしておまえもいっしょに死ぬがいい……
のり子: どうしてあたしが?
ユキ: むかし、若い男をあわれに思い助けてやって後悔したことがある。
のり子:(雪女のノリで)「山の掟をやぶった者を生かしておくことはできない……でもおまえの命は助けましょう……よいか、今宵のことは誰にも話してはなりませぬ。たとえ親であろうと、愛する者であろうと……話せば、そのとき、おまえの命はない……」てなこと言ったけど、結局雪女はその男を殺せませんでしたってことでしょ。その男に惚れちゃって。あたし、けっしてしゃべったりしないからさ!
ユキ: おまえは女だ。女の口に戸を立てるのは、茶柱をを立てるより一万倍もむつかしい。
のり子: え、それは差別だ。男女雇用機会均等法違反だ! ちゃんと友だちになったじゃんかよ。心が触れあった仲じゃんかよ!
ユキ: では、人と言っておこう。いっそ、おまえは猿だったらよかったのにね。うつろいやすい人の心を、そんな淡雪のように溶けやすいものを信じたわたしもバカだった。やはり四分の三ヒトであることの弱さか、わたしもしゃべりすぎた。理不尽だろうけどが死んでもらうよ。
のり子: な、なんとかしてよ。(傘に)だいたいあんたが悪いのよ。おやじさん! いい歳して、わがままで気弱く傘になって収まりかえってるんだから!
ユキ: 覚悟おし……
のり子: ね、お願いだから聞いてよ。ね、なんであたしが巻き込まれて死ななきゃなんないのよ! ね、お願い、どんなきれいで立派な傘になったからって、ずっと閉じることもないでしょ。ね、ちょっと、開いたくらいで減るってもんじゃあるまいし……
ユキ: さあああああああああああ、息を吹きかけてあげよう、絶対零度の冷たい息を。痛みも苦しみもなく、眠るように死んでいける……雪の世界に連れてってあげるわ……
のり子: ヒィ! ち、ちめたい! つ、冷たいよー。くそ、どうして、足から吹きかけんのよ。冷たい! どうして一気にやらないのよ。くそ、あそんでやがんなてめえ……あの、あのね、ただでもあたし冷え性なんだから。ね、おやじさんなんとか言って……ああ、足が……手が……手が……
ユキ: さあ、とどめをさしてあげるわ。フー……
のり子: ああ……眠くなってきた……眠く……あたし、死ぬの……死ぬのね……グー……
ユキ: 死ねえええええええ! フー……
傘が開く。
ユキも、眠りかけていたのり子も驚く。傘は色あせ、あちこちみすぼらしく破れている。まるで人生に傷つき、疲れ果てた中年男の心そのままに。傘は恥ずかしげに、ホロホロと涙をにじませながら泣いている。
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