第8話『ちゃんと会話になってる』
となりのトコロ・8『ちゃんと会話になってる』
大橋むつお
時 現代
所 ある町
人物 のり子 ユキ よしみ
ユキ: そうよ、男と女の始まりが引っかけで、ドロボーとおまわりさんは追っかけで、あんよの始まりがつっかけで、生き甲斐のはじまりは、きっかけ!
のり子: それとこれとはね……
ユキ: トドロのつっかけ……じゃなくて、きっかけは……高校生のときに初めて観た「となりのトトロ」 初めてのデートでケンカ別れして、おまけに門限に遅れ。お父さんからこっぴどく叱られて、部屋にこもってたまたまつけたテレビでやっていたのが「となりのトトロ」 世の中に、こんなに優しく美しく懐かしいものがあるのか……
のり子: どうして、そんなこと……
ユキ: ともだちだからよ。
のり子: え……?
ユキ: でしょ。知り合って、まだわずかな時間だけれど、ずっと前からの知り合いみたい。トドロは、単なるノスタルジーや、ほのぼのしたぬくもりに流されるのじゃなく、真にリアリティーをもった作品、それもけして生々しいものじゃなくて、ファンタジーとドラマの中間をねらいたい。で、先生は「そんな器用なことができるか!」って怒っちゃう。だって、トドロの頭の中にあるのは、バラバラにしたパッチワークみたいなアイデアでしかないんだもんね。
のり子: そうだよね、バラバラの布きれ見せられて、これがニューモードの服でございって言われたら、怒るわなぁ……
ユキ: こうやって分かり合えるのを友だちっていうのよね。違う?
のり子: そうだな……
ユキ: だったら、もう説明なんかいらないわ。アハハハ……
のり子: アハハハ……いるよ、いるよ! なんでだれにもしゃべったことのない秘密を、あんたが知ってるわけ?
ユキ: だって、友だちでしょ、わたしたち。友だちって、心の通い合うもんでしょ。通い合うっていうのは、たとえ言葉に出さなくても相手の心がわかるってことでしょ。
のり子: そりゃ、あたしだって、アイデアだけで作品ができるとは思ってないわよ。でもね、アイデアって大事なものなんだよ。だって、どんな名作だって、最初はひとかけらのアイデアなんだから……そりゃね、先生の怒る気持ちもわかるわよ……でも、待って。わかるってことと許せるってことは別なのよ……え? だって、そうでしょ。そりゃ、あたしは未熟よ、いたらないわよ。でも真剣に考えてるんだから、あんな全人格を否定するような言い方しなくたって……甘えだ? それはないでしょ! あたしだって、こんなに苦しんで考えてるんだから……
ユキ: ほらね。
のり子: え?
ユキ: わたし、なにもしゃべってないのに……ね、ちゃんと会話になってる。
のり子: ほんと……
二人: アハハハ……
二人同時に傘を見る。
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