第7話『開いて、お父さん!』
となりのトコロ・7『開いて、お父さん!』
大橋むつお
時 現代
所 ある町
人物 のり子 ユキ よしみ
風の音、父さんの歌声。
のり子: おやじさん、まだ唄ってるね……
ユキ: お父さん……
のり子: 悲しい歌だね……
ユキ: 常呂に残っていればよかったね。わたしや姉さんのために内地になんか来なくてもよかったのにね……
のり子: あんたたちのために?
ユキ: 本当は……お父さん、おじいちゃんから逃げ出したかったのかもしれない。
のり子: え?
ユキ: おじいちゃん偉い人すぎたんだ……お父さん、おじいちゃんみたいに世の中の傘になりたかったんだ。おじいちゃんとは違うやり方で……
のり子: それで、とうとう本物の傘になっちゃったの?
ユキ: トコロは恩返しのつもりだったの……お父さん、酔うとこの歌しか唄わなかったから……トコロは早手回しに、おとうさんは傘になりたがっていると誤解して……傘にしてしまった。
のり子: ……それで?
ユキ: それで?
のり子: それで、どうするの? 傘になったおやじさんと、ブタになった姉さんしょって、バスを待って……どうするの?
ユキ: トコロに元にもどしてもらうの。
のり子: 元にもどるの?
ユキ: もどるわ、その気なら……本人がその気なら……(傘を、父の心を開こうとする)お父さん。お願い、開いて! 開いて、お父さん! 開け、開け、開け!……開いてよ、お父さん……
のり子: そのままじゃ、閉じたままじゃダメなの?
ユキ: ダメなの、傘を開いて、心を開いて、前向きにならなきゃ、いくらトコロの力でも元にもどせやしないわ。
のり子: でも、トコロが傘にしたんだから……
ユキ: たとえ、トコロがどんなに大きな力を持っていても、お父さんの心がゼロなら……そうでしょ、ゼロにどんな大きな数字をかけても、出てくる答えはゼロ。そうでしょ。
のり子: そうだね……
ユキ: お父さんお願い。このわたしに、たかが十歳くらいにしか見えないけれど、実は十八歳の……
のり子: あんた十八歳?
ユキ: と言っても人が驚くのに、本当のところ二十五歳……
のり子: 二十五?
ユキ: なんて言ったら、人が目をむくのに、真実は四十五……
のり子: 四十五? ほとんどあたしの倍じゃん!? うそでしょ……
ユキ: ほんとよ。
のり子: あんたねえ、ユキ。あたしは真剣にあんたの話につきあってんのよ。それをね、それはないでしょ。
ユキ: ほんとうは、自分の歳なんか忘れてしまった……もう何十年も十歳を続けているって言えばわかってもらえるかしら……
のり子: あのなあ……
ユキ: そんなの世間じゃ珍しいことじゃないでしょ?
のり子: 珍しいよ、しっかり珍しいよ!
ユキ: だって、サザエさんなんか昭和二十一年からずっと二十四歳だし、カツオ君とワカメちゃんも何十年も小学生。
のり子: そりゃね……
ユキ: 名探偵コナンも、ルパン三世も歳をとらない。スヌーピーもミッキーも、世界最長寿のイヌとネズミだけど、若さは昔のままでしょ?
のり子: そりゃマンガでしょ?
ユキ: でしょ……でしょはないでしょ、そうでしょ! マンガだって感動するときゃするでしょ。人生を変えてしまうこだってあるわ。現にあなただって、どっぷりマンガに首まで漬かって生きてるんじゃない。逆に生きてる人間でも、マンガほどに感動を与えない人もいるわ。大切なことは心よ。心の感動よ。その心に感動を与えてくれるものなら、それがマンガだろうが生きてる人間だろうが関係ないことじゃない。サザエさん読むとき、サザエさんは何十年も二十四歳やってるんだ、変なやつだ! なんて思いながら読んでる? ただおもしろい、ああなるほどとか感動するわけでしょ。
のり子: そりゃあ、そうだけどもぉ……
ユキ: まだわからない? 思い出してよ、あなたがマンガ家になろうと思ったきっかけを。
のり子: きっかけ?
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