第4話『その名は北風ユキ』


となりのトコロ・4『その名は北風ユキ』 


大橋むつお




時   現代

所   ある町

人物  のり子 ユキ よしみ




ユキ: ユキ、北風ユキ……

のり子: そりゃまた、ずいぶん寒そうな名前だ!

ユキ: ひい婆ちゃんが雪女だったの。

のり子: アハ……

ユキ: また本気にしてない。

のり子: してるしてる。あんまり突然に、ぴったりの名前とひい婆さんだったからさ。うん、それで……?

ユキ: ほんとうに真剣に聞いてくれるの?

のり子: うん、真剣。

ユキ: (さぐるようにのり子の目を見る)じゃ、しばらく姉さんを抱っこしててちょうだい。ほんとうに真剣なら、姉さん起きないわ(姉をおしつけて、下手の端にうずくまる)

のり子: ……ん(ポケットをまさぐり、ポケティッシュを渡す)

ユキ: ……ん?

のり子: ガマンしてるとからだにわるいよ。

ユキ: ちがうわよ! 考え事してんのよ。

のり子: 考え事?

ユキ: (舞台中央まで走り、大事なほうの傘を、思いつめた顔で開こうとする)……!

のり子: 雨なら、とっくに止んだよ。

ユキ: やっぱりだめだ。やっぱり開かないんだ(泣く)

のり子: ユキ……?

ユキ: お父さんやっぱり開かない……お父さんやっぱり開かない!

のり子: (勘ちがいして、あたりを見回す)ユキ、あんたお父さんと二人連れだったの?



ユキ: お父さんは、この傘。

のり子: え?

ユキ: この傘が、お父さんなの。

のり子: ……傘が、お父さん(ユキと目が合う)信じてるよ! その傘がお父さんなんだ!

ユキ: (もう一度開こうと努力する)お父さん開いて! お願いだから、素直に開いてみせて……(傘を構えたまま泣きくずれる)

のり子: ユキ……話してくれないかな……納得はしてるんだよ。その傘がお父さんだって、うん。でも、その……話がさ、見えてないんだよね……その、姉さんがブタで、ひい婆さんが雪女で、お父さんがこうもり傘だっとかさ……そして、どうしてユキがひとり寂しくバスを待ってるいるのか?

ユキ: 姉さん、目をさましてない?

のり子: う、うん。

ユキ: 姉さんの胸に耳をあててみて。

のり子: 心臓の音が聞こえる……

ユキ: どんなふうに?

のり子: なんか変……

ユキ: どんなふうに変?

のり子: だってリズムが……トントコ、トントコ、トントコトッコトッコ。トントコトントコ、トントントントン……なんだかミュージカルにあったよね、このリズム……

ユキ: そう、コーラスラインのリズム! やっぱり、あなたは本物なんだ! 姉さんの心臓のリズムがわかるんだから!

のり子: でも、どうしてコーラスラインなの?

ユキ: ミュージカルスターに憧れていたの。憧れるだけでなんの努力もしなかったけどね……ふつうの人には、ただのブタぬいぐるみ。でも、こうやってイッチョマエに心臓は動いている。それがわかるあなたは信じることができる。信じていい人。あなた……

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