第3話『わたしは貝になりたい』


となりのトコロ・3




『わたしは貝になりたい』 




大橋むつお




時   現代

所   ある町

人物……女3  


のり子

ユキ

よしみ




ユキ: ……あの人、もっと言いたいことがあったみたい……

のり子: 気が弱いんだ……あんたも隠れることないだろ。

ユキ: てへ。でも、あの人ちゃんと傘もってきたわよ。

のり子: でも雨は止んじまった。あの子の親切って、どこかタイミングずれてんのよ。

ユキ: そうかしら。

のり子: ねえ、それやっぱりぬいぐるみだよね、ブタの……

ユキ: もう生きてるようには見えない?

のり子: ……さっきはそう見えたんだけどね。

ユキ: わたしの子守歌で眠ってるんだ……

のり子: え、聞こえなかったよ。いまだってこうして、あたしと話してるし。

ユキ: 心のなかで歌ってるの。わかりやすくするとね……(口をパクパクさせるが、心で歌っているので聞こえない)

のり子: 声だしてやってくれないかなあ(^_^;)。

ユキ: 究極の子守歌って声にならないものなの。そうでしょ、子守歌って愛情の発露よ。愛情って、とことんのところ言葉では表現できないものよ。

のり子: そうかもしんないけど。その納豆が糸ひいたような口の開け方やめてくれる。

ユキ: 姉さん、納豆が大好きだった。ほかに、とろろやあんかけ、山芋、なめこも好きだった。

のり子: ネチネチ糸ひくものばっかりだな。

ユキ: 糸ひいちゃうの。なにをやっても踏ん切りがわるくて。だから姉さんブタになってしまったの。

のり子: 糸ひいて踏ん切りがわるいと、どうしてブタになってしまうの?

ユキ: 姉さん、糸ひきながら登校拒否してたの。ちょっといっては休み、もうちょっといってはたくさん休みして、部屋にこもって糸ひくように食べてばかりいたころに……

のり子: ああ、過食症な。わたしにも覚えがあるわ……

ユキ: お父さんが怒ってしまって、思わず「おまえみたいなやつは、ブタにでもなっちまえ!」って。 そうして、あくる朝……姉さんは一人しずかにブタになってしまっていたの…………信じてないでしょ……ああ、話さなきゃよかった。どうしてこんな話をしてしまったんだろう……

のり子: あんたが、納豆が糸ひいたみたいにパクパクしてるからだよ。

ユキ: それは姉さんに……もういい、もう何も言わない……わたしは貝になりたい(泣く)

のり子: ならなくっていいよ。とにかくなんかの縁があって、同じバス待ってんだからさ。ね、泣くなよ。

ユキ: (いっそ激しく泣く)

のり子: だ、だからさ。人生って、こういう出会いの連続というか、積み重ねというか、くりかえしというか……

ユキ: 人生とは……涙で繋ぐ出会いのチェインリアクション(また泣く)

のり子: チェイン、リ……?

ユキ: チェインリアクション。連鎖反応って意味、その連鎖反応という単語のちょっとリリカルなオマージュ。わたしってどうしてこんなときに文学的なんだろう(また泣く)

のり子: 泣きながら、ずいぶんじゃないのよ。ま、とにかくそのチェイン……

ユキ: チェインリアクション。ん……人生のパッチワークくらいが一般大衆むきのオマージュ……いや、キャッチコピー……正確だけど、リリカルじゃない……

のり子: 泣きながら、ずいぶん文学少女してくれてんじゃん。ま、とにかくそのパッチワークなんだからさ、心と心を縫い合わせて語りあおうよ。な……(ユキの手をとる)あんた、冷たい手してるね(ユキ、こっくりとうなずく)えと……まだ、名前聞いてなかったね。

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