第2話
私、
車の運転中に起こした単独事故が原因なのだが、その際に脳出血を引き起こしてしまい、運悪く後遺症として残ってしまったのだ。
約二ヶ月も意識不明の状態が続き、目覚めたときには、自分の名前も思い出せないという悲惨な状態だった。
それでも、今では最低限の暮らしを送れる程度には記憶を取り戻している。出血箇所が悪ければもっと重い障害を負い、日常生活を送るのも難しい状態になっていただろうから不幸中の幸いと言うべきだろうか。
ただ困ったことに、人の顔と名前、それと短期的な記憶がなかなか思い出せずにいる。
意識が回復したことを知って、かつての旧友が病室を訪れてくれるのだが、彼等彼女等も
申し訳なさで罪悪感を感じていた頃、
その日外は雪がちらついていた。個室ですることもなく、私は暇潰しに
「穂波さん失礼するよ」
か細い声だったので気付かなかったが、スライドドアを半分ほど開き、こちらを窺うように一人男性が立っている。モデルのような長身の優男。それが彼の第一印象だった。
「どうぞ。寒いので早く閉めてください」
彼は、すみませんと言ってゆっくりとドアを閉める。よく見ると、彼の手は真っ赤になっていた。季節は冬で外はうっすらと雪が積もっているくらいだ。外の寒さが厳しいのが見てとれる。
「穂波さん昔からシュークリーム好きだったよね。近くのパティスリーで買ってきたよ」
彼は手に持った袋を掲げながらそう言ってくれたけど、残念ながら自分がシュークリーム好きかどうかは覚えてなかった。有り難く頂くけど。
「えっと……すみません。どちら様ですか?」かつてのクラスメイトの名前すら思い出せない私は、この人もその一人かと思っていた。(それにしては距離感が近い気がする)
「そっか……覚えてないよね。じゃあ改めて、僕は穂波さんの彼氏の
「え………」頂いたシュークリームを頬張りながら、まさかの告白に私は衝撃を受けた。誰からもそんな浮わついた話は聴いていないし、プロポーズを受けるような相手がいるなんて夢にも思っていなかった。
『自称』私の婚約者の彼は、自らのスマホの写真フォルダを開き、保存されている写真を私に見せてくれた。そこには様々な所に出掛けたのだろう私が写っていて、隣には真っ黒に焼けた彼が、真っ白な歯を覗かせて写っているではないか。
二人とも顔を寄せ合い、笑顔でピースをしていたり、良くわからないポーズをとっていたりする。何枚かスライドさせていると、そのなかに見覚えのある一枚があった。
「これって……沖縄の美ら海水族館ですか?」
「そうだよ。覚えてくれてたんだね。それは付き合って半年で行った沖縄旅行の時に撮った写真なんだよ。良く撮れてるでしょ」
うっすらとだが、確かに目の前の男性と水族館にいった記憶が蘇った。
私が一つ思い出したことが嬉しいのだろう。ありもしない犬の尻尾がみえるくらいに、嬉しそうに喜んで
「僕達は付き合って二年経つんですよ。事故の前は、よく二人で旅行に行っていました。覚えてないと思いますけど、実はプロポーズも旅行先でしたんですよ。それで……穂波さんの退院が決まったら、また一緒に旅行に行きませんか?」
「あ、うん……ちょっと考えさせて」正直彼のことはまだまだ思い出せないが、彼を見てると何処か懐かしい想い出が体の奥底からふつふつと沸き上がってくる。
結婚を意識するくらいだったからだろうか、ぶっちゃけ顔も好みだったので、旅行の提案も嫌な気はしなかった。
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