『血塗りのバスルーム』

朧塚

別の人生を歩みたかった私……。

 私の目の前のバスルームの中には、死体がある。

 いつも、バスルームの中には死体が置かれていた、


 特に死体が新鮮な時は、バスタブの中に血を注ぎ込んでプールのようにしていた。

 死体は、私が殺した女達だった。


 他人の人生が羨ましい。

 同性の女達がどうしようもなく、妬ましい。

 そのどうしようもない妬みの感情ばかりが渦巻いて、いつしか膨れ上がって、はじけ飛んでしまい、私は行動に移してしまったのだと思う。


 バスルームの中には女達がバラバラ死体で転がっている。

 私は丁寧にシャワーで彼女達の血を洗い流す。


 この先、どんなに自身の人生を謳歌出来たとしても、目の前に見える輝ける者達のようにはなれない。


 もうすぐ四十代…………。

 若い彼女達の才能と美貌がただただ妬ましかった。

 彼女達の幸福に満ちた人生が羨ましかった。


 今日で、一体、何名、殺したのだろう?

 私はとにかく、別の誰かになりたかった。

 別の幸せな女性の人生になりたかった。


 私は今日も、女達の皮を剥ぐ。

 彼女達から抜き取った血を啜る。


 何故、彼女達はこんなにも美しいのか…………?

 何故、彼女達はこんなにも輝いているのか……?



 私の父親は兄達に対して「女はぶん殴ってから言う事を聞かせろ」と言うのが口癖だった。父親は酒とパチンコに依存して、幼い私は、父がよく母を一升瓶で殴り付けているのを見ていた。


 中学生の頃から売春を繰り返していた。

 とにかく私は男に身体を売りたくって仕方なかった。

 父親は私を母と違い、お姫様のように扱っていたが、何故か私の写真を異様な程、集めていた。


 長男の方の兄は、地元では有名な札付きのワルで、一人暮らしの女子大生やOLの家を訪れては強姦を繰り返していた。兄いわく「適度に暴力を振るって脅せば、女共は絶対に警察に訴える事なんて出来やしねぇえ」というのが口癖だった。そんな兄も、発育するにしたがって色気を帯びてくる私に対して、性的な眼を向け始めた。


 聞く処によると、父は当時、若くてアパレル店員だった母を居酒屋か何処かで口説いて、その後、暴力による支配を繰り返して、母の金を無心して夜の仕事、つまり、ヘルスやソープで働かせる事を強要させていたらしい。その当時の父は土方か何かをやっていたが、仕事が上手くいかず、職を転々とした後、母のヒモになる事から関係性が始まったそうだ。


 

“女は殴って言う事を聞かせろ。”

“女は男と違って人間じゃねぇ。男の性処理道具か人形見てぇえに可愛がるか、そのどっちかしか無ぇえんだよ”。

 後で聞いた話だが、父のそんな発言の裏には、当時のホストクラブの店員の先輩の影響があったのだと聞いた。


 幼い頃の私は、とにかくこの環境から抜け出したくて仕方が無かった。



 客を取り始めてから、私は男達の蔑みと、値踏みするような視線に耐えなければならなくなった。まず、私は当初、使用済み下着を売って稼いでいたと思う。


 安いラブホテルの中で、男達の何名かは、未成年の私をコンドーム無しで犯した後、何故か説教をしてきた。こんな事をずっとしていてはいけない。人生を考えた方がいい、などと…………。私はそんな言葉を聞いて呆れ果てていたが、しっかり、2万から6万くらいの金を受け取った。その金は親に隠れてブランド物のファッションにつぎ込んだ。


 高校を卒業した後、私は家出みたいな形で外を出て、そのまま風俗産業で働く事になった。中学校の頃から売春で慣れていた為に、店で働くという事は他の女達との人間関係など、慣れない事もあったが、客を相手にする分には楽な面もあった。避妊などのリスクも幾らか店側が配慮してくれたし、嫌な客相手の対応の仕方も相談に乘ってくれた。


 風俗店で働くのは私の天職だと思った。

 まだ二十にも満たない小娘だったが、店側はそんな私を可愛がってくれた。



 二十四歳を過ぎた頃に、私の人生は壊れ始めた。

 付き合った男が典型的なDV男だったからだ。

 その男はよく私の胸や腹など、顔以外の目に見えない部分を殴った。

 そして、その男はいつも私にお金を無心した。私はその男の暴力によって支配されていったのだと思う。


 そんな日々が一年近く続き、私はいつしか、その男を殺す事ばかりを考えていた。そして、自分があまりにも惨めで、価値の無い人間だと思い始めた。そして、男を殺して、自分自身も死のうと決意していた。


 ロープで首を絞めても、その男は死なないだろう。抵抗されて、逆に私が普段以上に殴られるのがオチだ。だから、確実に殺せるように私は牛刀と刺身包丁を何本も購入した。


 そして決行の日を決めた。

 男はいつものように、私が仕事から帰ってくる時間にバスルームの中にいた。

 男が湯船の中に浸かっている。

 私は男から呼ばれて、身体を洗わされる。

 男の頭にシャンプーをしていく。

 私は隠し持っていた牛刀を取り出して、男の首の後ろ側に深々と突き刺した。

 ごぎり、と、骨が砕け散る音が聞こえる。私は何度も、何度も、牛刀を突き立てていた。男は抵抗するよりも、ショックを受けたのか、まともに抵抗出来ずに全身を痙攣させているだけだった。私は何度も牛刀を振り下ろす。牛刀の握り締める部分の刃が少し私の掌を傷付けて、私も出血する。


 気付けば、男は風呂場の中で息絶えていた。


 それから私は何時間もかけて、男をバラバラにした。

 途中、冷凍パックを買ってきて、バラバラ死体を保存してみたりもした。


 やがて、細切れになった肉片を下水道へと流していった。


 そうして、私はこの男の死体処理を終えた。

 時効まで逃げ切ろう。

 最初の男を殺した時は、そう思っていた。


 ………………、…………。


 最初に人を殺してから、十数年が経過した。


 私は次々と、自分にとって邪魔な男達を消していった。

 私に暴力を振るう男、金を無心する男、その他、脅してくる男達。最後には彼らは私の手によって肉塊となり、下水道や海の底へと沈む事になった。


 そして、ある時から、私は男ではなく、女を殺すようになった…………。


 今、私は同性である、女を沢山、殺している。

 彼女達を殺して、皮を剥いでいくと、彼女達の人生になり代われるような気がするからだ。


 理想的な人生を送っている女を殺して、自分はその女になり代わっていく……。

 少なくとも、彼女達の顔の皮膚を使ってマスクを作り、彼女達の好むようなファッションを身に纏っていた。家の中にある三面鏡で自身の姿を見て私は、うっとりと、満足に耽っていた。


 自分の理想像の投影の女を殺害して、その女の肉体の一部、その女の好みを纏う事によって、惨めでしかなかった自分の人生をほんの僅かな間だけ癒す事が出来た。


 ターゲットにしているのは、二十代前半のちょうど大学を卒業した女から、三十代前半の旦那や彼氏持ち。みな美しい顔立ちでそれなりの苦労をしてきたけれど、私の人生に比べれば、おおむね順風満帆な人生を送ってきた女達。彼女達を夜道で襲撃して気絶させて、家に連れて帰り、生きたまま解体していく。生きたまま、身体の皮を剥いでいく。


 人を殺す事に罪悪感は無かった。

 ずっと、自分の人生が惨めなもので、惨めさを生きていない者達に対する憎しみばかりが、私の心の中でわだかまり続けていた。


 殺した女の不必要な部分は、以前、処理していった男達と同じように処分した。

 私のクローゼットの中には、加工した女達の皮でいっぱいになっていった。


 

 私は女達の皮膚を使って、殺した女達の好みのファッションを纏って、彼女達が好んでいたメイクを施して、夜中に出歩くようになった。


 BARやクラブなど明るい場所に行けば、顔をまじまじと見られて、私はマスクを被っているのだとバレるだろう。


 なので、車を走らせながら、公園に行ったり、人気の無い神社に入ったりして、夜の中を徘徊した。


 たまに、妬ましいと思う女を見つけてしまう。


 すると、私は女をターゲットにする事に決める。

 女の後を車でつけて、そしてさらって殺す準備を整える。


 そして彼女達の住所や職業、経歴、交友関係などを念入りに下調べをして、

 その後、さらう。

 さらって、私のマンションのバスルームに連れ込んだ後。

 彼女達が私の前で哀願する顔は、何にも替え難い幸福だった。

 ガムテープで口を塞がれ、全身を縛られた女達は必死で命乞いをしていた。


 体を少しずつ切り取って、さばいていてもなお、彼女達の哀願は止む事は無かった。


 その時、まるで私はターゲットの女に対して、万能な神になったような気分になった。きっと、以前、私をDVした男、父親や兄達はこのような感情を私に抱いていたのだろう。


 ……女達を殺した夜は、よく父や兄、あるいはかつて私を灰皿で殴り付けた男になる夢を見ていた。その男の視線で、私は見知らぬ女を虐待していた。女は幼少期の私のようにも見え、別の知らない誰かにも思えた。


 

 ちょうど、四十代を過ぎた頃、私は警察に捕まった。

 家に逮捕状を持った刑事が現れて、家の中を家宅捜索されていた。


 私の家の中を見た警察の何名かは、その場で吐いてしまったらしい。

 特にクローゼットとバスルームは、彼らにとって凄惨極まる場所だったらしい。



 私は、日本最悪の女猟奇殺人犯として、世間を震撼させる事になった。

 聞く処によると、連日、私の事で世間が報道される事を耳にした。


 私の事件で父親が首をくくったらしい。

 兄達は既に、何処かへと失踪していたそうだ。


 私は拘置所の中で夢を見ていた。

 別々の違った人生を歩んでいる夢だ。


 気付けば、私は別の女の人生を歩んでいる。

 子育てをする私、大企業のキャリア・ウーマンをする私……。

 アトリエで油絵を描き続ける私……。

 シンガーソングライターでギター片手にお客さんにたたえられている私……。


 時折、拘置所の中で裁判の判決が出て、死刑を宣告されるまで待っている時間は、夢の中にいるのではないかと思う時がある。私は別の人間の人生を生きていて、今、連続殺人犯として拘留されている人生こそが夢の中にどっぷりとつかっているのではないかと……。


 私は若い看守さんに挨拶をかわす。

 看守さんの中には、私に優しい言葉をかわしてくれる人もいる。


 私は風俗嬢時代に培った、男を喜ばせる笑顔と言葉を看守さんに投げ掛ける。

 看守さんは素直に喜んでくれた。


 私は今、若い看守さんの一人に叶わぬ恋をしながら…………、夢か現実か分からない人生の中で、別の女達の人生を歩んでいる…………。


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『血塗りのバスルーム』 朧塚 @oboroduka

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