第十二話 イヌイットの舞踏会

 春も終わりに近づいたある日、いつものように嵐が家を打ち、隙間から雪が吹きすさぶなか、隣家から不思議な音楽が聞こえてきた。大勢がともに叫び、爆笑しながら大歓声をあげた。しかしその喧騒の中心には、単調な鼻歌が周囲に妨げられることなく、間断なく流れ続けていた。


 ソルカックの家で宴が催されていた。少年たちに誘われ、私たちもすぐに半裸の男女が集うクマの毛皮の上に寝そべった。二人の男、マヤックとイラングアックが、いつものデュエット、イヌイットの「」を合唱していた。彼らは膝を軽く折り曲げ、体を前に傾かせ、頭を前後に振りながら体をくねらせた。この風変りなダンスは指揮者のドラムに導かれ進行した。彼らと向い合せの集団も直立して一緒に歌っていたが、身動きひとつ取らなかった。楽曲の一部を終えると、指揮者は指に挟んでいたバチを持ち上げ歌手の顔に向け、不協和音の金切り声を上げ演奏を締めた。


 この旋律はおそらく、存在する楽曲のなかでもっとも原始的なものだろう。その楽曲は5音か6音で構成され、しかしながら様々に変化させながら無限に演奏できるものだった。その変化はわずかなもので、傾聴しなければ気づけないほどだ。歌手はみな自分で書き上げた楽曲(ピジア)を持っていた。ただ楽しんで歌うときは、楽曲に歌詞はつかない。精霊の儀式のときにだけ、即興で歌詞がつく。


 マヤックが歌い始めた。強い日光が薄い毛皮のカーテン越しに差し込み、ふたたびマヤックの端正な顔立ちを露わにした。彼は一般的なエスキモーの顔立ちとは違っていた。彼の顔は細く輪郭がハッキリとしており、わし鼻だ。髪はぞんざいに肩より下まで伸ばしていた。激しく浮き上がる彼の舞踏はエスキモーよりもジプシーに似ていた。


 曲は1時間にわたって演奏され、同じ曲調が延々と続いた。曲は次第に激しさを増し、歌手のうねる動きはより大きくなり、肌をむき出しにした。彼の唇から奇怪な呻き声があふれ出し、それに合わせて体は動き続けた。固く閉じた目は興奮に震え、裸体から汗が降り注いだ。彼に残った衣服は熊皮の半ズボンだけだ。


 マヤックが歌うとき、誰からも何事からも遠く離れた場所にいた。人々は敷物の上で語らうのをやめ、感化された女性たちがソプラノを重ねた。コーラスの数と声量がじわじわと増えていった。


 音階も、動きも、感動も、変調しないことも、すべてが単調で原始的だった。それでも音楽なのだ。イヌイットにとっても、我々にとっても。想像力をかきたてるのだ。


 もうひとつ、貴重な体験がある。ここまで出会ったのは文明の影響を受けていない人々だ。ここではホッキョクグマも、セイウチも、ホッキョクギツネも、音楽も、私たちが知っているのとはまた違う、それは事実だ。だがそれにもかかわらず、音楽だけは人生と情熱に欠かせないものなのだ。

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