第十話 古老メルクサックの物語③

 私たちは現地人にたくさんの事を教えた。氷の家イグルーからトンネルを伸ばし、家より低いところに玄関をつくる方法を実演してみせた。こうすれば玄関から居間にすきま風が吹き込まなくなる。現地人も私たちが来る以前から氷の家イグルーを建てていたが、玄関を低い位置に作る方法は知らなかった。


 弓矢で獲物を狩る方法も教えた。私たちが来るまで、彼らはこの国でカリブーを狩ったことがなかった。もし食べられる機会があっても、人間が食べたら死んでしまうのではないかと恐れ、犬たちに与えていた。


 川で北極イワナを獲る方法も教えた。この国にはたくさんの北極イワナがいたが、彼らは北極イワナを獲る道具を知らなかった。


 カヤックの作り方も教え、カヤックで猟をする方法も教えた。彼らは氷上だけで猟をしていて、春の間しかアザラシやセイウチ、イッカクを獲れなかった。夏になると海氷はみな消えてしまうからだ。彼らは夏になるとアイダーダックやウミガラス、ウミスズメの繁殖地へ出かけた。彼らの先祖はカヤックの作り方を知っていたと教えてくれた。だが流行り病が彼らの住む土地を襲い、大人たちはみな死んでしまった。残された子供たちはカヤックの作り方を知らず、大人たちのカヤックは埋葬品として一緒に墓に埋めた。こうしてカヤック猟は忘れ去られてしまったのだ。


 ソリは彼らが使っているものに私たちが適応した。彼らのソリのほうが性能がよく、背もたれもついているからだ。


 みなが私たちを親類のように扱ってくれた。私たちは何年もここに滞在し、故郷に帰ろうとは思わなかった。だがキドラルススアークはふたたび長旅に出たくなった。彼は孫がいるほどすっかり年老いていた。だが彼は死ぬ前にもう一度故郷が見たいと言った。そして彼は故郷に帰るために出発すると告げた。彼はもう六年も現地人たちと過ごしていた。彼を慕ってついて来た人たちは彼を見捨てることなどできず、出発の準備をはじめた。彼の息子のイツクスクだけがここに残った。末っ子が病にかかっていたからだ。


 私はここに着いたとき、まだまだ子供だったが、そのころちょうど結婚したばかりだった。私はすぐに他の人たちと戻ることを決心した。私の兄弟、クマンガピックも同じだった。


 現地人のエレも、故郷に帰ろうとする私たちを心配して、家族をともなって旅に同行した。彼は私たちの故郷が見たいとも言った。そして私たちは出発した。


 キドラルススアークがふたたび故郷を目にすることはなかった。彼は一年目の冬に亡くなってしまった。彼が死んでから私たちはみな伝染病にかかった。そのため二年目の冬までに十分な食糧のたくわえができず、やがて極夜がおとずれ、私たちは飢餓に襲われた。近くにある大きな湖で北極イワナを獲ることができたが、十分な数ではなかった。ほとんどの旅の同行者は飢えで腹部が膨れ上がり、やがて餓死した。


 キドラルススアークの妻、アグパックも、私の両親も、エレたちも、飢餓で死んでいった。残された者たち、北極イワナを食べなかった者たちは、死者の遺体を口にしはじめた。ミニックとマタックが一番ひどかった。私は彼らが私の両親を食べるところを見た。私はあまりにも若かったので、彼らを止められなかった。そしてある日、ミニックは私を背後から襲い、殺して食べようとした。だが幸運なことに私の兄弟が助けに入り、ミニックは私の片目に一撃を加えただけにとどまり、彼は家から逃げ出した。その後、私たちは彼とマタックが隣家を襲い、遺体を担いで山へ逃亡するのを目撃した。彼らが姿を消す前に、吹雪を呼び起こすのを聞いた。雪が足跡を覆い隠し、それ以上、彼らを見ることはできなくなった。


 私たち兄弟は、家族を連れてこの集落を離れ、パトラヴィックへ戻ることを決心した。極夜のために北極はいっそう凍え、獲物は見当たらず、毛皮を得ることもままならなかった。この旅で兄弟は妻を失った。氷河を渡るときに遭難してしまったのだ。私たちは食糧を一切持たないため、犬たちを食べるしかなかった。そのためもちろん、私たちは犬ぞり隊を失った。私たちは旅を続けるために、ソリを自分たちで引かなければならなかった。


 キドラルススアークと出発して五年、私たちは幾多の苦難を乗り越え、ようやくパトラヴィックへ戻って来た。長い旅路を犬ぞりなしで、また犬たちの助けなしに狩りを行うのは非常に難しかった。だが旅に生きる男なら、どのような逆境にも耐え抜かねばならぬ。最後に私の兄弟、クマンガピックの話をして、この物語を終えよう。

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