第九話 古老メルクサックの物語②

 これは先の事件から二年後に起こったことだ。


 キドラルススアークと彼の言葉を信じる人々は北へ向かっていた。彼は新天地までそう遠くはないと約束し、人々を励ました。彼はいつも真っ先にキャンプを離れ、先頭を走った。彼は青年たちよりも強靭で、不屈の存在であったが、髪だけは真っ白だった。彼の後ろを走る人は、夜間に走行するとき、彼の頭上で白い炎が燃え上がるのをよく目にした。それほど彼の力は強大なのだ。


 春の終わりごろ、私たちは狭い海峡に面する海に出た。(この話を聞く前に私もそこを渡ったが、幅広い入り江やフィヨルドだらけだった。)そこでキドラルススアークはキャンプをはり、精霊の儀式をはじめた。彼の魂が空を飛び海を越えている間、彼の体は生命が抜けた状態になった。儀式を終えると、彼は私たちが越えるべき海はここだと宣告した。対岸に私たちが求めた人たちがいる。私たちはみな彼に従った。彼が未知の物事を理解できることはみなが知っていた。


 私たちは海氷に覆われた海を渡り、対岸にキャンプをはった。私たちはそこで集落を見つけたが、住民は見つからなかった。彼らはすでにそこを離れていた。だが同族に会えるまでそう遠くないとわかり、私たちは喜びに満ち溢れた。私たちを何年も導いた男に対する尊敬はとどまることなく膨れ上がった。


 私たちは長らく不猟にあったため、当面は遠方を探さず、まず食糧を確保することに決めた。動物たちはもう長いこと私たちに姿を見せていなかった。キドラルススアークは魔術を使い不猟の原因を探った。儀式を終えると、キドラルススアークは彼の息子の妻イヴァロックが過ちを犯したが、贖罪しょくざいから逃れようとそれを隠しているのが原因だと告げた。そのため動物たちは姿を見せなくなったという。彼は息子に罰として嫁から毛皮の衣服を取り上げ、氷の家イグルーに閉じ込めておくよう指示した。氷の家イグルーの中で彼女は飢えか寒さによって死んでしまうだろう。だがこうしなければ、動物たちは人の獲物にはならないそうだ。


 彼らはすぐに氷の家イグルーをたて、そこにイヴァロックを閉じ込めた。キドラルススアークは息子の妻をとても大事に思っていたが、実行した。彼女の過ちのために、この純潔は犯されるべきではない。


 罰のあと、すぐに影響が出た。私たちは内陸でカリブーの大群を見つけ、大量の肉にありついた。エタという村での出来事だった。


 私たちがそこに滞在してしばらく、誰かが「ソリだ!ソリだ!」と叫ぶのが聞こえた。私たちは風変わりな人々を乗せた二台のソリを発見した。彼らは私たちを見つけると、こちらにやって来た。


 彼らこそ私たちが長らく会いたいと思っていた人たちだった。一人は名をアルルトサック、もう一人はアギナといった。彼らは私たちの滞在地からそう遠くない、パトラヴィックに住んでいた。私たちは喜びのあまり叫んだ。私たちはまだ見ぬ国、まだ見ぬ人々に出会ったのだ。私たちの偉大な魔術師は、彼を疑った誰よりも優れていることを証明したのだ。


 アルルトサックは木製の義足を履いていた。後で教わったが、彼は一度、鳥たちが巣くう断崖から落ちたことがあり、その時に片足を潰した。彼の母が傷口を処理し、木製の義足を作って断面に取り付けた。彼は足を失う前と変わらず走ったりソリを操ることができた。彼が私たちに駆け寄ってきたとき、あまりにも自然だったので、私たちはこの土地の人たちは片足が木製なのは普通のことなのかと思ったほどだ。


 私たちはいったん座って、みなで食事をとった。彼らは私たちがこれから会いに行く人たちについてたくさんのことを教えてくれた。食事中、私たちにとって愉快なことが起こった。


 私たちの習慣では、食事をとおして親睦を深めるとき、みなで同じ骨の部位を食べる。一切れの肉を渡されたら、一口だけ食べて、残りを他の人に渡す。私たちはこれをアメルカタットと呼んでいる。だが私たちが客人に肉を渡すと、口いっぱいにほおばり、まるまる一切れ食べてしまうので、私たちの仲間はいつまでも肉が回ってこず、すっかり腹ペコになってしまった。


 この習慣はこの土地の人たちは知らないことだったが、いまではみながこの習慣を取り入れている。


 食事を終えると女性陣を連れ、全員でピトラヴィックまで彼らの仲間に会いに行くことになった。歓迎会の最中、イツクスクは妻のイヴァロックを氷の家イグルーから解放した。みな喜びに酔いしれていたため、誰も何も言わなかった。イヴァロックが回復するには長い時間がかかった。顔面蒼白でとてもやつれていたが、なんとか一命をとりとめた。


 こうしてキドラルススアークは私たちを新天地へと導いた。

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