第八話 古老メルクサックの物語①

 キドラルススアークは海の向こうにもたくさんのイヌイットがいると聞いて、その場にとどまっていられなくなった。彼は村人全員の前で壮大な精霊の儀式を催した。彼は精霊の助けを借りて魂を宙へ飛ばし、異国のイヌイットを探しに行った。ある日、ついに彼は新たな国を見つけたと村人たちに伝えた!そして彼は異国のイヌイットに会うため旅に出ると伝え、村人たちもついてくるよう熱心に勧めた。


「君たちは新たな国への渇望を知っているか?新たな人々に会いたいという渇望を知っているか?」と彼は村人たちに説いた。


 すぐに九台のソリがキドラルススアークのもとに集った。そして十台のソリが、キドラルススアークが幽体離脱で見たという国を目指して、北へ出発した。男も、女も、子供も、三十八人全員で旅立った。


 私たちは冬に出発した。やがて極夜が明け、流氷が砕けると、春のキャンプ地をたてた。旅路にはアザラシ、セイウチ、シロイルカ、ホッキョクグマ、食糧になる動物がたくさんいた。私たちが旅した長く伸びる浜辺は氷で覆われていなかったので、私たちは何度も広大な氷河を乗り越えねばならなかった。ウミスズメが巣くう海岸や、アイダーダックの島にもいくつか通りがかった。


 私たちは細長いソリを使い、衣服、テント、狩りや釣りの道具、カヤック、持ち物はすべて運んだ。(彼はソリを計測し、縦8メートル、幅2メートルだと教えてくれた)カヤックを運ぶために、ソリはずっと長く使われた。私たちはクジラの骨、またはセイウチの牙をソリのランナーにしっかりくくり付けた。クジラの骨は格別にソリの滑りを軽快にした。春になり、雪と氷が陽射しで温まるころがとくに効果的だった。だがもっともソリを快適にしたのは、セイウチの分厚い皮だ。しかしながら流氷は解決できなかった。


 私たちはソリに20匹の犬を、引き綱の長さを変えながら使役した。引き綱を同じ長さにして、多くの犬を一列に並べるのは賢いやり方ではない。12匹を超えると、犬はたがいに正しい進路から押し出しあってしまう。外側を走る犬も同じで、極端に長い引き綱を使わない限り、ソリに対して鋭角すぎる三角形を描いてしまう。引き綱が長すぎるのも賢くない。ソリから遠く離れるほど、ソリを重く感じるからだ。


 私たちが乗っているソリに背もたれはなかった。雪に覆われた氷河を下るとき、ランナーの近くにムチを打ってしまう。なのでむやみに速度を上げてはならず、ムチはソリの後ろにしっかりと括り付けた。これによって下りの間はソリを引くことができた。私たちのソリには妻や子供も荷物の脇に同乗していた。家族もソリを運転できるので、簡単な道のときは家族が運転した。


 流氷が割れる季節になると、私たちは格好の漁場を探し当て、キャンプ地を立て、カヤックで冬の蓄えを獲った。秋に備えて私たちは石の家を建て、地衣類で家を覆った。これらの家で極夜が明けるまで過ごしたので、私たちは旅を続けることができた。


 私たちはこのようにして冬を二度やり過ごした。どちらの年も食糧に事欠かなかったが、それは突然起こった。老人のオクエがホームシックにかかったのだ。彼は神妙な面持ちで一言も話さなかったが、唐突に鯨肉について話し始めた。彼は故郷に帰りたがり、また鯨肉を食べたがった。私たちの故郷では、たくさんのクジラを獲ったものだ。


 彼は一気に話し終えると、今度はキドラルススアークは詐欺師だと訴え始めた。彼は新しい国の話など全部嘘だと訴え、みなに故郷へ帰ろうと誘った。


 老人たちの間で大きな衝突が巻き起こった。旅人はキドラルススアークを擁護する者と、オクエを信じる者とに分かれた。どちらも自分の意見を支持した。キドラルススアークはオクエが指導者の立場にないから羨ましがっていると言い、オクエは仲間への影響力を高めるためにキドラルススアークが嘘をついていると主張した。論争は五台のソリが帰還し、五台のソリは旅を続けるということで決着した。二十四人が故郷へ戻り、十四人が旅を続行した。後者にはオクエの息子であるミニックも含まれた。

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