第四話 北極の生物

 五月にはいると春風が弱まり、丘の氷に亀裂がはしり、粉雪は溶けていった。氷の亀裂には雪解け水の小川が流れ、氷をさらにズタズタに切り裂き、砕いた。やがて太陽は地平線に隠れるのを忘れ、ギラギラと輝き続け、夏の到来を予告した。


 だが六月を「繁殖期」だと知っているイヌイットは、いつも冬の終わりの激しい変化を目にしてきたが、これほど急激な気温と日差しの変化は珍しいと考えた。しかしながら、夏がもうすぐそこまで来ていることは疑いようもなかった。村周辺の氷にも亀裂がはしり、アザラシたちは海氷に上がってのんびりと日向ぼっこしていた。海は広く開け、単調な怒声と口笛が聞こえて来た。――年老いたオスのセイウチだ。彼らは夏の予兆に気付き、陸地に向かって泳ぎ出していた。海氷が消滅すると判断したのだ。村から下ったところでは、海氷に空いた大きな穴のあちらこちらで、コオリガモやウミガラスが泳ぎ、騒ぎ、鳴き声が海岸で反響した。アイダーダックが海岸を飛び回り、羽音の演奏会が遠くからでも聞こえた。群れのメスとヒナたちは大きな岩に陣取った。海岸はどこも生き生きとしており、岩棚でヒナたちが身じろぎしながら騒いでいた。ミズナギドリとオオハシウミガラスもやってきた!


 ミズナギドリは頂上付近で暮らしていた。彼らが空を舞う姿は渦巻くぼたん雪のようであった。そして岩肌の低い位置に巣を作るオオハシウミガラスを見下していた。


 オオハシウミガラスはほんとうに低いところで暮らしていて、彼らの巣を見つけるのに大変苦労した。彼らは場所は十分にあるのに、住処をめぐって口喧嘩していた。彼らは相手をつつき、金切声をあげていたが、人間の耳には周囲の騒音にまぎれて聞こえなかった。


 崖の底ではカモメたちが巣を作っていて、何者かの喧嘩に驚いていた。カモメたちは上にいる群れをじっと見つめ、翼をのばし、ぴょんと跳ねると、またつばさをたたみ、深い瞑想に沈んだ。カモメはとても賢い鳥なのだ。


 だがときおり、騒音をかき消すほどの雷鳴がとどろき、地崩れが起きた。空は雲に覆われ、鳥たちが海の向こうに向かって叫んだ。そのとき、エスキモーたちが言った。


「さあ始めるぞ!夏がやって来た!」


 子供たちは誰が最初に鳥の死骸を拾えるか競争しはじめた。すぐに大きな火が焚かれ、今年最初の鳥を調理した。それは全員で食べなければならなかった。


 私が先に述べたとおり、空で様々な繁殖があった。さらに男女の間でひと騒動あった。若い少女たちが服を脱ぎ捨て、平らに開けた場所でボール遊びをはじめた。これには男たちも歓喜して、楽しそうに試合に参加した。


 ある年寄りの北極イヌイットがトナカイの毛皮を地面に広げ、布切れ一つまとわず日光浴を楽しんだ。彼の隣には娘が座り、エデンの園から出てきたような姿で赤子の面倒を見ていた。海岸沿いの海氷のふちでは、犬たちが暑さにうなだれ、舌をだしてハッハと喘いでいた。


 そのとき、叫び声が村全体に響き渡り、みなが声の方向に足を向けた。まるで鳥が落石で絶命したときのような声だった。叫び声は二度は繰り返されなかった。声はサドロックの家の方向から聞こえた。みな大急ぎでサッドロックの家に向かった。

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