第二話 北極イヌイットの集落へ
一台の細長いソリが私たちに全速力で駆け寄ってきた。ムチを振るう音が鳴り響き、私たちとは違う犬ぞりの指示が耳に届いた。小さな毛皮のコートとホッキョクグマのズボンを履いた男がソリから飛び降り、自分の犬たちに駆け寄ってもっと速力を上げるよう身ぶり手ぶりをまじえ叫んだ。彼の後ろでは、紺色のキツネの毛皮を着て、先のとがった帽子をかぶった女性がソリに座っていた。彼女は彼の妻だった。
私たちの犬が吠えはじめ、ソリは犬の大合唱に合流した。私たちは跳びあがって互いに駆け寄り、立ち止まってまじまじと見つけ合あった。どちらも驚きのあまり一言も話せなかった。
私は彼に私たちが何者なのか、どこから来たかを説明した。
「白人だ!白人だ!」彼は妻に声をかけた。「白人が会いに来たぞ!」
私たちは理解を得る苦労も、理解を得る必要性もなかった。
私はソリに座る夫人に歩み寄った。あらゆる不思議な感情が私の中を駆け上り、なんと言えばいいかわからなかった。私は自分が何をしているかもわからず、ただ手を差し出した。彼女は私をキョトンと見て、それが何を意味しているのかわからず、笑った。私たちはみな一様に笑った。
男の名はマイサングアック(小さなシロイルカの皮)、夫人の名はメコ(羽)といった。彼らは私たちが出会った場所から南に三十~四十キロメートル南にあるイグフィグソックに住んでいて、そこには他に3~4世帯が暮らしていると彼は教えてくれた。
私たちはこのアグパット(サンダース島)までの行程で、イグフィグソックがある湾をすでに横切っていた。
湾の入り口は氷床の上に雪が積もり侵入が難しく、私たちを導いてくれるソリ跡も発見できなかった。私たちはアグパットにはもっと多くの人がいて、キツネ狩りやアザラシ猟が盛んだという話を聞いて、私はこのまま先へ進むことを決心し、ヨーゲンにも一緒に行こうと誘った。
マイサングアックはすぐに私のソリに乗り、夫婦のソリはメコが運転し、活き活きと談笑しながらアグパットへと向かった。本当は夫婦は村に帰る必要があったが、私たちに道を示してくれた。
メコは優れた犬ぞり使いで、どんな男よりも上手く長いムチを振るった。西グリーンランドでは女性が運転するのを見たことがないので、私は驚き声をもらした。マイサングアックは誇らしく笑い、白人の私たちを面白がって彼女にもっとムチを打てと陽気に声をかけた。メコは鋭くムチを鳴らし、私たちは彼女を先頭にして進んだ。
「トット!トット!」彼女が叫ぶと、犬たちは飛ぶように前方へ向かい、すぐに小さくも背の高い島、アグパットが見えた。
マイサングアックはたくさんの人たちが住んでいると教えてくれた。そこには石の家が三軒、氷の家が五軒たっていた。彼はみながドッキリする姿が見られるぞと、高らかに笑った。彼は会話が途切れるたび、揉み手しながら「白人だ!白人だぞ!」と呼びかけた。
突然、彼は叫ぶのをやめ聞き耳を立て、私のソリの上で立ち上がり背後をうかがった。一台のソリが遠くから私たちの背に迫っていた。
「アオレッチ!アオレッチ!」彼は叫んだ。それは北極イヌイットの方言で止まれという意味だった。だが私たちの犬は指示の意味が理解できず、代わりに私が口笛を吹いて犬たちを止めた。すぐさま彼はソリを降りると、両足を叩きながらピョンピョン跳びはねた。彼は顔が赤くなるまでそのひょうきんな行動を続けた。これは何か予想外のことが起こった時に取る行動なのだ。
後ろから全速力で走ってきたソリが私たちに近づくと、二人の若者がソリから飛び降りて私たちに駆け寄り、何事か叫んだ。マイサングアックも叫び、狂ったように手足を振るった。
そのソリは私たちのソリの側で停止した。二人の若者の名はクルタナとイヌキトソックといった。もちろん、まずはじめに、彼らは私たちが何者なのか知りたがり、マイサングアック先生の授業がはじまった。そしてすぐに全隊で出発し、けたたましく笑い叫びながら、アグパットへ向かった。
故郷から遠く離れたアグパットの浜辺で、にぎやかな北極イヌイットたちに囲まれ、私はいままでにないほどの興奮を覚えた。私たちは島に近づいていることに気付かなかったので、到着したときには大いに驚き困惑したものだ。
マイサングアックは到着するなり、またソリの側でピョンピョン跳びはね、集落一帯に聞こえるよう「白人だ!白人だぞ!」と叫んだ。
家の中でせわしなく動いていた人たちは立ち止まり、子供たちも遊ぶ手を止めた。
「白人だ!白人だぞ!」私たちに合流した二人の若者も繰り返した。犬たちは尻尾をおろし、私たちの到着に賑わう集落の騒ぎに耳を立てた。瞬間、山が横滑りするようにドッと人々が浜に押し寄せた。白髪まじりの爺さんも、腰の曲がった婆さんも、若い男女も、子供も、みんなキツネとクマの毛皮でできた服を身に着けていて、非常に土着的だなという第一印象を受けた。何人かは毛皮処理の最中だったため、血に染まった手にナイフを握ったままやって来てとても恐ろしかった。その時に恐ろしいと感じたアストループとは後に仲良くなり、親友になった。
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