第一話 北極イヌイットとの出会い

 我々はついに目的地にたどり着いた!


 だが隊員の一人が重病に侵され、私たちにはその症状を緩和する手立てがなかった。私たちがヨーク岬で会えるだろうと期待していた人たちはみな家を離れていて、犬ぞり隊の飢えた犬たちは狂ったように私たちの周りを徘徊はいかいした。私たちは彼らに与える十分な食料がなく、私たちの食料についても同様だった。私たちがヨーク岬まではこれで十分だろうと、ムルドック岬で計算して積み込んだ食料は、犬たちが無計画に食い散らかしてすっからかんになっていた。


 二日間にわたる強行で私たちはすっかり疲労してしまったが、それでも私たちはなんとかそこにたどり着いた。北極イヌイットたちの奇抜な住居が私たちの視界に押し寄せ、その光景は私たちの探検の疲れを忘れさせてくれた。だがそれもつかの間、私たちは犬ぞりから身を落とし気絶してしまった。


 短い休息であろうと、危険な状況下で冒険家はそれを許さない。すぐに隊員の一人が目を覚まし、怒声をあげて他の隊員を起こした。氷の家イグルーを入念に調査したところ、家主たちが出発してまだそう長くは経っていないことが分かった。家の中でまださばかれてない大きなアザラシを一頭見つけたので、私たちはそれを褒美として犬たちに与えた。


 北へと向かうおびただしい数の犬ぞりの跡に、うっすらと雪が積もっていた。彼らがそう遠くまで行っていない証拠だ。


 私はここよりさらに遠く北に、イヌイットの同族がいることを知っていたが、そこがどこなのか、正確な場所は誰も知らなかった。それほど遠く彼方かなたにだ。子供のころ、このような言い伝えを聞いた。


「昔ある時、一人の男がどこの村よりもはるか遠く北にある場所に住んでいた。彼は毎春、犬ぞりに乗ってホッキョクグマを狩っていた」


「ある日、狩りに出かけると、彼は奇妙なソリの跡を見つけ、そのソリ跡を作った人たちを探すことにした。そのため彼は翌年のクマ狩りのとき、例年よりも早く出発した。三日目、彼は私たちのものとは違う造りの家を見つけた。彼は誰にも会うことができなかったが、真新しいソリ跡を見つけ、彼らがつい最近そこを発ったことがわかった」


「翌年、クマ狩りの猟師はまだ見ぬ彼らのために、犬ぞりに木材を積んだ。彼らがクジラの骨を使って家を建てているのを見て、木材がなくて苦しんでいるだろうと考えたからだ」


「だが彼は二度目の来訪にもかかわらず、彼らに会うことができなかった。事実、村に残るソリ跡は以前の来訪よりも真新しかったが、彼は後を追う決心がつかず、こうしてまた距離が開いてしまった。彼は運んだ木材を家の近くに埋めることで満足し、帰途についた」


「三年目、彼はいままでにない最高の犬ぞりチームを育て上げ、いままでよりもさらに早く彼らを探す旅に出た。結局、彼が村に到着したときには、他の年と同じように彼らは村を発っていた。けれど彼が木材を雪で隠した場所にはクジラの家が建っていて、中に入ってみると、玄関に立派な体躯たいくの雌犬が子犬たちと一緒に寝そべっていた。それは彼らからのお返しだった」


「彼は犬の親子をソリに乗せ、家に戻った。だが彼が北極に住む人々に出会うことは、ついぞなかった」


 そしていま、その時の状況と同じように、多くのソリ跡が北へと向かっていた。さらに伝説と同じように、ソリ跡は彼らが出発してから数日と経っていないことを示していた。


 それはなんとも奇妙な体験だった。毛皮を着たままでは、家の中へと続く低く長いトンネルをくぐり抜けるのに大変苦労した。トンネルの終わりには上向きの穴がぽっかりと開いており、私たちは自分の体を引き上げて、ようやく家の中に入れた。家の中は生肉とキツネの内蔵の強烈な臭いがした。


 人がはじめてこの家で、これらのものを目にしたとき、ささやかなものから得られる満足感に感銘を受けるだろう。それは何もかもが原始的で、異教の信仰と魔術の匂いを醸し出していた。石のブロックで造られた技巧的なアーチに囲まれ、人々が無意識に半超自然的存在と精神的に共存する、洞窟のような場所だ。想像してみてほしい。そうすれば理解できるだろう。彼らが毛皮を剥ぎ、生肉を切り分ける姿を。彼らの手が赤く染まり、指から血がしたたり落ちるのを見るだろう。非凡な人生における思想が彼らの共同体であなたを待ち受けていることに、あなたは奇妙な興奮を覚え、胸を抑え込むことになる。


 私たちは周囲を歩き回り、これらをすべて調査した。その静かな工程は、私たちにこの地に住む人々の辺境の生活を語り掛けた。家から少し離れたところに大きく丸い石がいくつかあり、古びた獣脂で光っていた。「彼らはここで動物を調理したに違いない」とグリーンランド人の隊員が推測した。私たちはすぐにその作業に想像を張り巡らせた。


 遠くには、高くそびえる崖のちょうど真下に、カヤックが道具一式とともに岩で覆われていた。その裏には死んだ犬たちがソリにつながれたまま雪に埋もれていた。道具一式を埋めるのはイヌイットたちの習慣だ。


 私たちが見たものはどれもはじめて見るもので、私たちを強く引きつけた。結局、私たちは北極イヌイットたちの土地へ来たが、目的地に到達した感動を味わうことはできなかった。私たちの同僚の重病という不幸さえなければ!彼は発熱で意識がもうろうとしており、身動きがとれず、彼が食べ物を求めたとき、誰かが食べさせる必要があった。私たちは協議した結果、ミリウス・エリクセンと二人のアザラシ猟師が彼と残り、私とヨーゲン・ブロンランドの二人で、疲弊した犬で可能な限り速く北へと向かい、北極イヌイットを見つけることで合意した。私たちは北極イヌイットと会えるであろうサンダース島(現チューレ基地より北西の島)まで、現在地から約120kmあると算出し、それでもダメな場合は、さらに北へ80km先にあるナトシリヴィックへ向かうことにした。私たちの手元にある食料はビスケット数枚とバターの箱一つだけだった。あとはライフル猟に頼るしかない。


 アザラシ猟師たちがすでに狩りへ出かけていたので、私たちは彼らを待った。……収穫はなかった。それからすぐ私たちはココアを少量飲み、岩肌がゴツゴツとした海岸線沿いに犬ぞりを走らせた。曇りのない、明るい夜だった。


 アトール岬付近で私たちは真新しいソリ跡を見つけ、その跡を追った。それは険峻けんしゅんな岩壁の下に積み上げられた道標イヌクシュクへと続いており、そこにはありがたいことに獲れたてのアゴヒゲアザラシが貯蔵されていた。


 私たちは一晩中走った。北極の早春の夜は長い。走行は二十数時間にもおよんだ。私たちはアトール岬を少し過ぎたところで犬たちに休息を与えた。私たちはかれこれ100km以上も全力疾走し、さらにナトシリヴィックまでの全行程を進む可能性もあるため、せっかくアゴヒゲアザラシを手に入れたにも関わらず、私たちは腹をすかせたあわれな犬たちに計算分だけの食料しか与えてやれなかった。私たちは身を荒々しく氷床に投げだし、成功の見込みについて話し合い、バターを少量口にした。ビスケットにはあえて手をつけなかった。そして私たちはソリの上で就寝した。


 三時間ほど休息をとり、私たちは再び出発した。

 ほんの少しばかり進んだところで、目の前に小さな点が見えた。それはだんだんと大きくなり、ソリの姿をあらわした。


「ヨーゲン!」

「クヌート!」

「ヨーゲン!」

「クヌート!」


 私たちは歓喜と安堵あんどで半狂乱になり、互いの名を呼ぶことしかできなかった。


 加速だ!犬たちは尾を下ろし聞き耳をピンと立てた。私たちがもう一度指示を出すと、犬の後ろ足から雪が舞い上がった。鋭い風が私たちの顔を切り刻む。ついに!ついに!人だ、私たちとは違う人々、新たな人類……北極イヌイットだ!

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