ハテノハツカ……02
十二月の雪は細く軽く、音もなく嵩を増してゆく。
絹鼠の空はいかにものっぺりとしていて、テクスチャを貼り付けたかのように広がっていた。眼前に迫る天井の向こうから、うねりを描いた結晶がはらはらと落ちてくる。その一粒が額や頬に触れた瞬間、しゅわりと溶けた。美しい結晶は崩れ、幾本もの水筋を作りながら首元に流れていく。刺すような氷点下の痛みは、むしろ熱を帯びていた。
十二年間通った通学路を辿る。人生の記憶を形作った景色を、最後に見ておきたかった。
新雪に一人分の足跡を落としていく。振り返ると、滑らかだった白磁の歩道が、不格好に盛り上がっていた。
鉄柵越しに道路と並走する線路の石ころ。記憶よりも幾分か老朽化した商店街のシャッター。遊具がすべて撤去された公園。同級生の実家の屋根の色。
濁った空からもたらされる雪は、すべての色を塗りつぶしていた。
訪れた母校の門はかたく閉ざされていた。校庭を見ると、厚く重なった雪の上に一筋、鳥の足跡が伸びている。きっちり片足ずつ、真っ直ぐ線をえがく。
荷物を広げて、丁寧にアイロンがけされた制服を取り出す。サイズの合わない、借り物のスカートだ。
――化学実験室でクラスメイトがうっかりこぼした劇薬。鼻をつく異臭。穴の空いた制服。リストにはない薬品のラベル。静まり返る教室。クラスメイトがどんな表情をしていたか、どんな言い訳をしたか、そんなことはどうでも良かった。ただ、ゴミになった制服を悼んで泣いた。
養護教諭には事故だと伝えた。相手もそのように釈明したらしく、それ以上聞かれることはなかった。
当面の代用にと貸与されたのは、留学生用の制服だ。一番小さなサイズでも丈が余るが、当時の私にはこの上なくありがたかった。翌朝からは大きなスカートの上からベルトを着けて登校した。母親は気がついていた様子だったが、結局一度も尋ねられた試しはなかった。少なくとも、実際に問いかけられたことはない。結局、卒業式まで制服を新調することはなかった。そして、今日の今日まで返却を先延ばしにしていたのだ。
郵便受けに制服を押し入れると、錆びついた口金が軋む。
「さようなら」
口をついて出た言葉は、呼気とともに白く浮かび上がり、消えてゆく。
校歌を口ずさみながら、片足跳びで校舎を後にする。三番を歌い終わる頃には、あの大きな建物も綺麗さっぱり消えるだろう。
誰もいないはずの校舎で、予鈴が鳴った。
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