第2話

「…犯人は監視カメラに写っており、警察では余罪がないか…」家に帰り、スマホで今日のニュース動画をチェックしていると、テレビ局のサイトでそんなニュースが流れていた。 よくあるニュースだが最近は監視カメラ、という言葉をよく聞くようになった気がする。 また、僕は基礎教養の講義を思い出していた。

  「と、このような建物をパノプティコン、監視塔といいます。 ベンサムは実際に刑務所に使うつもりでこのような建物を構想したわけですけれど、後にフーコー、という人が監視社会、管理社会の比喩として用いました」先生はなんだかごちゃごちゃした円形の建物を板書し、こちらを振り向いて言った。

  「私もこうやって、書いている間に君たちのいじっているスマホのことが見えていればいいんですけどね」

  「そこ、話聞いてますか?」

  名指しされて、後ろの方の席の学生(学科が違うのか、僕の知っているやつではなかった)がうへ、という顔をする。

  管理社会、か、すべてをデータ化され、番号で管理、なんて昔の映画に出てきた気もするけれど、今ではカメラはあっちこっちに設置されている。 町の境界に設置されて、袋小路になっていればゲーテッド・コミュニティ。 芦屋の大きなお屋敷町なんかが有名だ。 以前、先輩に連れて行ってもらった飲み屋でそんなような話になった時、飲み屋の店員さんが「でも、配達なんかで僕らでも入れますけどね」と言っていたのを思い出す。

  これがもっと大きな街で、例えば東京で、境界が閉鎖されてしまえば都市封鎖、これも映画やドラマでおなじみだ。 この間やったノベルゲームでもそんなのがあったような。 確か渋谷の街が閉鎖されるやつだ。 有名な渋谷のスクランブル交差点でテロリストが事件を起こす、とかいう話だ。

  とか言ったって、と自分の部屋を見回しながら一人つぶやいてみる。 狭いワンルームで、風呂はトイレとくっついている。 台所にはIHヒーターと小さな冷蔵庫が備え付けてあり、ベッドをおいて、クローゼットに荷物を詰め込めばもう一杯だ。 玄関はオートロックになっており番号を入力すれば入れるようになっている。 各部屋にカメラはないけれど、入り口にはカメラが付いている。 考えてみればこの自分の部屋も一つの閉鎖空間で、監視塔だ。 こうやって考えていくと、駅も、ファッションビルも、遊園地も、一つ一つは監視塔みたいなものになっている。 とも言える。 ちょっと気分が悪くなってきた、酒でも買いに行こうとベッドの脇の小さな机の上の財布を取ると、小銭を入れるところのチャックが開いていたのか、中からバラバラと10円玉が転がり落ちた。 普段は電子マネーを使っているので、必要最小限しか財布にはお金を入れていない。 けれどどうしても現金で払わなければならないところもあるので、10円玉や100円玉は溜まっていく。 これもデータ化か。 そんなことを思いながら監視塔じゃない社会ってどんなものだろう、と考えていた。 例えば物語の世界だ。 別に異世界や過去に行かなくても、今あるものがない世界というのは想像できる。 監視塔や監視カメラのない世界というものも当然想像できるはずだ。

  酒を買って帰ってくると、配信の動画を見ながらちびちびと飲んでみた。 アテにした動画はいわゆる都市伝説系の動画だ、信じるか信じないかはアナタ次第、てやつ。 ああ、監視社会とかいうのをどんどん考えていくと、”全ては監視されている”とか、そういう話になっていくんだなぁ。 僕は昔サークルで発表した、自分の小説を思い出していた。 言い忘れていたが僕は大学で文学系のサークルに入っている。 その小説では完全に閉じている世界だが、世界の人たちはそれを知らずにいる。 空に大きな裂け目が現れるまでは。 僕達もそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。 僕は神様ではないのだから、そんなことはわからない。

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