なっさけなぁい……そんなんじゃ成人男性失格だね(中編)

しゃおっ、と小気味の良い音がした。

揚げたてのエビフライを口の中に入れると、そのような音を立てる。

メロスガキがエビフライを噛みしめると、

じゅうと汁が溢れた後、じゅんとエビフライは噛み切れた。

衣の乾いた音と対照的に、肉厚のエビは中身の詰まった重い音を立てる。

揚げたてのエビフライは何も付けなくても、

衣の香ばしさとエビの中から溢れ出る旨味の汁だけで、たまらぬほどに美味い。

最初の一本をメロスガキは何もかけずに平らげ、二本目にはケチャップをかけた。

メジャーではないが、

ケチャップの濃厚な旨味と仄かな酸味がエビフライによく合うのだ。


「ごちそうさまでしたー」

「メロスガキ、宿題はやったの?」

メロスガキの母、ハハスガキが尋ねた。

メロスガキと大して身長の変わらぬ、双子のようによく似た女である。

現代日本において、ユング心理学的な太母を求める傾向にあるが、

ハハスガキはメロスガキにとってのユング心理学的な太母ではなく、

血縁上の母にあたる。

そして、ハハスガキはあくまでもメロスガキの母であり、アナタの母ではない。

もしもアナタがバブみを感じたとしても、それは錯覚なのだ。悲しいね。


「後でやるー」

「後でやる後でやるって、あっという間に寝る時間になるわよ。

 さっさとやりなさい」

「はーい」

流し台から雨音に似たざぁざぁという音が響く、

メロスガキに小さな背を向けて、ハハスガキは皿を洗っている。

父はいない、わからないのだ。

近隣の老若男女は全員抱いているので、

おそらくその中の誰かであると、メロスガキは推測している。

一つになって、子供が生まれるのならば、

凹凹女と女一つになって、おかしいことはない。

メロスガキは保健体育において実習以外の全てを聞き逃している。


「ふぅ……」

皿を洗うハハスガキから不意にため息が漏れた。

ため息を吐くとハハスガキの小さい身体が余計に小さく見えた。

しかし、その小さい身体にメロスガキの人生を唯一人で背負ってきたのだ。


メロスガキは黙ってハハスガキの隣に行くと、黙って皿を洗い始めた。


「あら、どうしたの?メロスガキ?」

「いや……ちょっと手伝おうかなって思っただけ」

「……そう、ありがとうね」


ぽつりぽつりとありふれた会話をしながら、メロスガキは思った。

これが最後の会話になる。

いや、明日カレーを食べてから出るから、準最後の会話セミファイナルになる。

そう思うと、話したいことは山程あるように思えたが、

数え切れぬほどしてきたような、ありふれた話しか出来なかった。

学校であったことや、セリヌンティウスガキと遊んだこと、

成人男性の乳首の意義は責められることにしかないこと、

星の数ほど繰り返したような会話だ。

メロスガキは言葉の星の一つ、一つを拾い上げて、心に刻んだ。

思い出の中で美しい星座を描けるように。


「どうしたのメロスガキ……?」

「えっ……あれ……」


メロスガキから知らずに流れていた涙が、頬をつたい、皿に落ちた。

涙は水道水と混ざり合い、もうわからなくなってしまった。

メロスガキの頬に僅かに跡を残すだけである。


「辛いことでもあったの……!?」

ハハスガキがメロスガキの両の肩に手を置いた。

その手はしっとりと濡れていたが、暖かかった。

メロスガキは永遠にこの体温を感じていたいと思った。

母や友と取り留めのない言葉を交わし、美味しい食事を食べ、

不特定多数の成人男性を相手に性的な行為を行う。

幸福な日常をいつまでも続けるのだ、ただ少しだけ忘れてしまえば叶うのだ。

セリヌンティウスガキとの友情を忘れ、王との約束を忘れてしまえば、

この平穏な日々はいつまでも続く。


「なんでもない……抑えきれぬ性欲が愛液の形を取って目から流れただけ」

「きっしょ」


メロスガキは宿題を終えて、眠った。

学校の宿題は終えたが、大きな宿題はまだ残っている。


次の日も普段と何も変わらず過ごした。

家を出て学校に行き、

自身の秘部を守るにはあまりにも頼りない布切れを教師に見せつける。

「あれれ~?先生生徒のパンツ見て興奮しちゃったんだぁ♡」

「生徒に興奮するわけがないだろう!」

教師の心臓が高鳴るのを、

メロスガキは赤子が子守唄を聞くかのように安らかな気持ちで聞いた。

もしも自身に生きた証拠があるとしても、

それは、きっと思い出の中にしか残せないのだろう。

今まで関わってきた人たちに具体的で素晴らしい物を残してやりたいが、

そうするには、お金も才能もなく、小学五年生の身分ではどうにもならなかった。


「せんせ♡」

メロスガキは性的に教師を襲い、クラスメイトを襲い、来校者も襲った。

何も残してやることは出来ない、思い出以外には。

学校を出たメロスガキは通行人の全てを襲う性的なセイント狂戦士クルスになりながら思った。

だが、指一本につき一人の男を相手にしていた頃、メロスガキは気づいた。


いや、思い出だけではない。

残してやれるものが、一つだけある。

セリヌンティウスガキの命だ。

何も言わずに身代わりになってくれたセリヌンティウスガキの命は残せる。


25人の老若男女を絶頂させながら、メロスガキは泣いた。

ありがとう、セリヌンティウスガキ。


メロスガキは身体を白く染めて、家に帰った。

家から徒歩5分の王城がやけに大きく見える。

何も怖いことはないのだ、メロスガキは自分にそう言い聞かせた。


ハハスガキの創った甘口のカレーにはぶつ切りの鶏肉が入っている。

メロスガキは何杯も何杯もカレーをおかわりした。

数日に渡って食べられるほどの量だったが、

カレーはその日だけで無くなってしまった。


「メロスガキ、どうしたのそんなにたくさん食べて」

「うん……たくさん食べたかったんだ」

「そう、じゃあ……明日も作ろうかな」

「うん、ありがとうお母さん」


メロスガキは笑いながら、心の中で泣いていた。

そのカレーを自分を食べることはないのだ。

ああ、ハハスガキよ。我が愛おしき母よ。

どうか、泣かないでほしい。

抱いた皆があたしの父、アナタの夫なのだ。

あたしが死んだら、そのカレーはどうか、穴兄弟おとうさんたちと仲良く食べてほしい。


メロスガキは布団に潜り込んで、死んだように深く眠った。

目が覚めたのは昼ごろで寝坊はしたが、土曜日なので学校はない。

セリヌンティウスガキが処刑されるのは明日だ。

だが、もう何の憂いもない。今から行ってやろう。


少しの遅れることもなく、王城へと向かい、

世界には信じられるものがあることを証明してやろうとメロスガキは思った。

「いってきます」

そう言って、メロスガキは家を出た。

もう「おかえり」を聞くことはないのだ。

そう考えると、メロスガキは泣きそうになったが、後悔はない。


メロスガキは王城に向かってゆっくりと歩き始めた。


「ああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!人を轢殺してええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!小学五年生ぐらいの女児を轢き殺してええええええええええええなあああああああああああああ!!!!!!!!」

その時、暴走した大型トラックがメロスガキを跳ね飛ばした。


「しまっ……」


メロスガキの小さく、軽い身体が宙を舞い、

再び重力が彼女の体を取り戻したときには、もう彼女の中の生命の炎は消えていた。


メロスガキは死んだ。

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