世界の中心でマンドラゴラを叫んだけもの

 まずナツミさんが動きをパタリ、と止めた。


「ナツミさん?」


 僕は立ち上がって彼女に近づいた。

 しかしそこにナツミさんはいなくなっていて、彼女の写真が貼られた等身大パネルに入れ替わっていた。


「えっ⁉︎」


 僕は恐る恐るそのパネルに触れた。

 それだけでパネルはバランスを崩して、ぱたん、と倒れた。


 なんだこれ。……なんだこれ!


 ナツミさんを探さなきゃ!


 辺りを見回すが姿が見えない。

 それどころか視点を少しずらすと、ソファーもベッドもテレビもテーブルセットも、全て平面のパネルに入れ替わっていて、立体感を失っている。学芸会ででも使われていそうな、二次元の立て掛け看板に。


「うわあっ」


 僕は混乱して部屋を飛び出す。


 ホテルの廊下はまだ普通だった。


 エレベーターに乗り、ロビーに降りて、フロントに相談して、ナツミさんを探すのを手伝ってもらおう。警察も呼んでもらった方がいいかもしれない。


 エレベーターの扉が開く。

 フロント。受付のコンシェルジュ。


「あのっ!」

「どうかなさいましたか?」


 良かった、人間だ。


「4301の木船田です、実は部屋で」


 くるり、と振り向いたコンシェルジュの顔は、干からびた茶色い根っこだった。だが、そこには眼窩と口、人間の顔の意匠がある。

 ぎゃあ、悲鳴を上げて逃げ出す僕。

 その声と様子とに、ロビーにいた人全員が振り返る。


 外国人風の客、ベルボーイ、親子連れ、若い男女の客に団体客。

 その全ての顔が、干からびた茶色い根っこの顔だった。

 僕は、そいつの名前を知っていた。


「マンドラゴラッッッッ!!?」




***



 白目を剥いて泡を吹き、ホテルの部屋の真ん中に横たわる若い男を、四人の男女が取り囲んで見下ろしていた。


「最後の言葉は、マンドラゴラ、か」

「どんな幻覚を視たのやら」

「とにかく、今回もマンドラゴラミームの拡散は防げました。いつもありがとうございます皆さん。またお願いします」

「先生の遺志は継がねばなりません。お気になさらず」

「マンドラゴラに世界が覆われるような事態を回避するために」

「知性に基づく秩序のために」


 四人の内の一人、スーツ姿の大男がしゃがみ込んで、持ってきていた空のスーツケースを開けた。




*********




 ドールチェ♬アーンド♬ガッバー


「はい、城之内です」

『マンドラゴラの記事を書きませんか?』





*** 了 ***

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マンドラゴラ研究序説 木船田ヒロマル @hiromaru712

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