死に至るマンドラゴラ、そして

 情報模倣子。

 現代では「meme」……「ミーム」と呼ばれることの方が多い。

 文化的模倣子と呼ばれることもある。

 例えば鳥。

 その肉体的形質はDNA、遺伝子で受け継がれる。だがその鳴き声のパターン、「歌」は親から子へ、群れの中で次の世代へ。言わば「口伝」のような形で継承されることが知られている。

 DNA的に完全な鳥を実験室で隔離して育てても、その鳥は歌を覚えない。

 この情報として受け継がれる種や文化の特徴、習性や行動、神話や物語。それを伝える仮想の概念的因子を、動物行動学者で進化生物学者のリチャード・ドーキンスは「ミーム」と名付けた。

 だからそれは、例えばチミンやアデニンと言った物理実体を持つものではない。


 マンドラゴラ研究序説の付記では、マンドラゴラが持つ伝説上の逸話やその背景、また名前そのものが強い伝播力を持つ可能性がある、と書かれていた。


 そんな言葉が……概念があるのだろうか。

 

 「マンドラゴラ」という言葉やその意味自体に、伝播力……いや、感染力といった方がいいのか?

 まるでウィルスやバクテリアのように「マンドラゴラ」という言葉を再生産しようとする力がある……?


「どうかなさいました?」

「いえ、ちょっと思ってもみないことが書いてあって」


 落ち着こう。僕はナツミさんが入れてくれたコーヒーを飲んだ。


「あなたの御先祖様は、かなり面白い方ですね」

「どんなことが書いてあったんです?」

「マンドラゴラには本当に呪いのような力があるのかも、という話です」

「まあ」

「村上曼陀羅はご存知ですよね」

「ええ、意味は私にも分かりませんが」

「あれは多分、マンドラゴラを現したものなんですよ」

「本当ですか?」

「ここに書いてあることが真実なら、僕はもうマンドラゴラに感染してるのかも知れない。そしてマンドラゴラの宿主として、新たにその胞子を拡散しようとしている」

「インターネットを使って?」

「そうなりますね」

「そうはなりませんよ」


 彼女がそう言った瞬間、世界が一変した。

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