第320話 寝ているエルケを待っていると魔王が家を訪ねてきた。

宴会2日目、外から聞こえる喧騒で目が覚める。


隣にはエルケが変わらずすぅすぅと寝息を立てていた……が、何か様子がおかしい。


パーン族は山羊の獣人なので、エルケにももちろん山羊の毛並みがある――昨日まではそれが真っ白だった。


だが今は茶色になっている、生え変わりがあるにしても1日でここまで綺麗さっぱり色が変わるものだろうか?


茶色でもエルケが可愛いという事実は動かないが、それにしても毛色が1日で変わるのは何かあったと考えるのが妥当だろう。


起きたら聞いてみるとするか。




起きて着替えて朝の運動を終えてもエルケは寝息を立てているので、少しリビングで待つことに。


昨日もずっと待たせてしまったし、今日は一緒に居てやらないと可哀想だ。


しかしよく寝るなぁ、窓から太陽の位置を見たがもう昼前だぞ……エルケがいつから俺のベッドで寝てるかは知らないけど寝過ぎな気がしてきたな。


昼までに起きなかったら起こすとするか。


書類仕事をしながら待ってもいいが、それで時間を過ぎてはいけないので素直に待つことに。


……だが暇である。


前の世界のようにスマホもないので手持ち無沙汰だし、動画を見る環境も無いのでひたすらゴロゴロするか外を眺めるかしかないんだよな。


誰か来てくれたらいいんだけど――と思っていた矢先に玄関をノックする音が聞こえる。


「村長、家に居るかの?」


「居るぞ、入って大丈夫だ。」


返事をして入ってきたのはクズノハ……と魔王!?


「お邪魔するのじゃよ村長。」


「どうしたんだ急に、今は特に話すことはないが……。」


「こんな宴会をしてて呼んでくれないことに文句を言いに来たんじゃよ。

 聞けば過去最大規模……そんなの参加したいに決まっておるのじゃ!」


子どもか!


忙しいだろうしそんな軽率に声をかけるものでもないだろうと思っただけなのに、結構理不尽に怒られてる気がする。


「すまぬの、我が口を滑らせたばかりに……。」


「クズノハは悪くないのじゃ。

 そんな村で宴会が開かれておったら何より優先して参加するべきじゃし。」


自分の生活を第一に生きてほしい、宴会なんて人生でもオマケみたいなものだろ。


仕事あってのオマケなんだから、そこは履き違えないほうがいいと思う――特に施政に関わってる魔王は。


判断一つで領民が幸福にも不幸にもなり得るんだぞ、そんな人が宴会が第一なんて言っては大問題だ。


「しかし村長は家で何をしておるんじゃ?

 挨拶がてら寄らせてもらったが、宴会に参加せぬのか?」


挨拶というか文句だったじゃないか。


「昨日から夫婦になったパーン族のエルケがまだ寝てるんだよ。

 今日は一緒に居てやりたくて待ってるんだ。」


「流石村長じゃの、妻をどんどん増やしておる。

 私もクズノハ以外にも探すべきなんじゃが……基準が高すぎて困っておるんじゃよな。」


「我より良い女性などいくらでも居るじゃろう?

 好いてくれてるのは分かっておるし、魔王として必要な女性は妻に迎え入れるべきじゃ。」


「クズノハが基準になっておるから困っておるんじゃろ。

 幾度か謁見の立ち合いをしてもらったが、今じゃ一人でも充分こなせるくらいじゃし他の仕事もバリバリじゃし……。

 クズノハと同等かそれ以上の人材じゃないと迎える気がせんのじゃよ……見合いの依頼は山ほど来ておるがそれを対応してたら時間がいくらあっても足りんのじゃ。」


流石は魔王だ、やっぱりそういうのはあるんだな。


公認の妻がいるとは言え今の魔王は実質未婚、そりゃあ取り入ろうとする女性も多いだろう。


クズノハが正式な妻になっても多そうだけど。


「ふと気になったんだが、クズノハ以外の女性も妻に迎えたらその都度式典を開くのか?」


「流石にそれはせぬよ、王族代々の仕来りとして最初に迎え入れる妻が正室になるのじゃ。

 それ以降迎え入れる女性は全て側室となる。

 じゃから正室となるクズノハ以外では特に式典は開かん、祝賀会くらいはあるがの。」


いちいち大変そうだと思ったがそんな事は無いらしい、しかし正室や側室なんて現実に存在するなんて考えてもなかった。


俺にとって妻達は全員ちゃんとした妻だからな、迎え入れた順番で贔屓するつもりはないし。


王族ともなれば利権関係もあるからそのあたりは難しいんだろうけど。


「うぅん……村長おはようございま……しゅ!?」


「お邪魔しておるよ、私は魔族領で魔王をしているワルターじゃ。

 其方がエルケ殿じゃな、今後ともよろしく頼むのじゃよ。」


エルケは魔王に挨拶されてペコペコと頭を下げた後、凄い速度で引っ込んでいった。


寝間着だったのが相当恥ずかしかったのだろう、話し声で気づくと思ったがそんなことはなかったらしい。


「寝坊助さんじゃな、だが好きな女性ならそういう所も愛おしいものよの。

 クズノハもこの間ベッドからおち……モゴモガ。」


「そんなこと言わなくていいじゃろう!?」


クズノハは顔を真っ赤にしながら魔王の口を塞ぐ、ベッドから落ちたんだな……大丈夫か?


しばらくするとエルケがちゃんとした服装に着替えて再登場。


「先ほどは大変お見苦しい姿を……。

 改めまして、先日から村長の妻にさせていただきましたパーン族の長のエルケと申します。」


「パーン族じゃったか、クズノハから聞いたが色々と大変だったようじゃな。

 今はもう大丈夫と聞いておる、困ったことがあれば村長だけでなく魔族領にも顔を出してみてほしいのじゃ。

 何か助けになることがあるやもしれぬ、村の住民とあらば色々良くすることも出来るしの。」


「お優しいお言葉痛み入ります。

 もし何かあればそのようにさせていただきますね。」


「エルケ殿、我が見た時は毛並みが白色じゃったと思うが……今は茶色になっておるがどうしたんじゃ?」


エルケは毛の色をクズノハに指摘されると、頬を押さえて顔を真っ赤にしながら体をくねくねしだした。


さっきまで魔王と話してた真面目なエルケはどこに行ったのか。


「クズノハさんにだけお伝えしますね……。」


そう言ってクズノハにだけこっそりと教えるエルケ、隠し事が多い気がするなぁ。


クズノハも教えてもらってから凄い嬉しそうな顔をしてるし、一体何が理由なんだろう。


「なかなかやるのう、エルケ殿。」


何がなかなかやるんだろうか、俺にはさっぱり分からないので凄く気になる。


「村長も大変そうじゃな、たまには休ませてもらうんじゃぞ。」


魔王は魔王で分かってる様子、俺だけ分かってないのか!?


なんか悔しくなってきた、だが考えても分からないので後でエルケに教えてもらうとしよう。


どうしても駄目なら魔王かクズノハに聞くことにする、気になって夜も眠れなさそうだし。

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