第310話 時間が出来たので仕事をしていたら、エルケが書斎を訪ねて来た。

「普通にしててくれ、俺を崇拝しろとか言わないから。」


「ですが助けていただいたうえ、里よりいい暮らしをさせていただいてる身。

 全員が感謝の意を示さねばとなっています……正直里に戻りたくないという者が居るくらいで。」


そこまで困窮してたのだろうか、全く上位も酷いことをしたもんだ。


一応パーン族の里がどうなってるか説明はしておいたほうがいいだろう、今後里として機能するかどうかはエルケ次第ではあるが。


「――というのが現状だ。

 今後ずっと村に住んでもらう可能性もあるのは分かっててくれ、そうなった時はもちろん村もパーン族を受け入れるから。」


「分かりました、しかし姿を見ない長様は独りでずっと戦っておられたのですね……。

 それが分かっただけでも充分です。」


上位に対してのコメントは一切無いのでそういう事なんだろう。


果たして上位の味方は居るのだろうか、居るとしたらエルケと一部のパーン族……それに手ひどい仕打ちにならないよう俺達を説得したメアリーくらいか?


メアリーに関しては同情というか哀れみというか、完全に味方になるといった感じではなさそうだけどな。


そんな事はどうでもいい、今はパーン族の居住区で不備や問題が無いか確認しておかないと。


「この村では不定期ではあるが、結構頻繁にこうして見回りをさせてもらっている。

 俺が気づけば都度改善するが、もし何か問題があるなら遠慮せず言ってくれていいからな。」


「衣食住全て面倒を見てもらっているうえ、仕事の適性調査と訓練までさせていただけてるのに問題などあるはずがありません!

 ……強いて言うなら、この村で祀られている神に私達は祈りを捧げていいのか分からないところでしょうか?」


「それは別に構わないぞ。

 あの神は信者が増えると嬉しいと言っていたから是非祈ってやってくれ。」


「では教育施設での適性調査・訓練が終われば神殿で祈らせていただきます。」


パーン族で崇めていた神には祈らなくていいのだろうか、まあ恐らく存在しない神ではあるけど。


その後パーン族の皆は生活に戻ってくれたので見回りを再開、実際特に問題無さそうでよかった。


しかし人によって毛の色が違うのが面白いな、ウェアウルフ族でも毛の色がここまで違うのって見ないのに。


何か法則性があるのかと思ったけど、特に見つけれなかったのでそのまま次の場所の見回りへ。


今回の見回りはどこも異常なしだった、不便なく生活出来ているようで何より。




家に帰り書斎で仕事をする。


ここ最近あったことを簡単にでもまとめておけば、今後何かあった時に使えるかもしれないし。


特に災厄の集塊については出来る限り詳しく書いておいたほうがいいだろう、同じものが近いうちにもう一度発生するか分からないしな。


子どもや子孫が同じものに対峙した時に役立ててほしい。


あんなもの発生しないのが一番なんだけどな……そもそもあれ自体は本当に何なんだろう。


中に意思があって悪意がある、でも命は無いので精霊のような存在か。


考えても分からないな、霊魂や悪霊といった小学生のような発想しか出来ない。


こんな事考えずに分かることを鮮明に書き記しておかないと、とりあえずタイプライターで思いついたことを書いて後で清書するか……前の世界じゃ逆なんだけど。


クリーンエネルギー機構を動かして成功すればパソコンを想像錬金術イマジンアルケミーで作るのに挑戦してもいいかもしれない、あれば百人力どころではないからな。


問題は何が足りないか分からない事だけど……村にあるありとあらゆる鉱物を集めたら何とかならないだろうか。


だがまずはクリーンエネルギー機構のきちんとした始動と、そのエネルギーを使ったインフラ設備からだな。


俺の仕事なんて二の次でいい、今でも充分出来ているし。


「村長、入ってよろしいでしょうか?」


今後の事を考えながら筆を進めていると、ノックの音と共に誰かが入ってこようとしている。


声からしてエルケだろうか?


「入っていいぞ。」


俺が許可すると扉が開く、そこに居たのはやはりエルケだった。


「どうしたんだ?

 俺は休めと言ったはずだが。」


「布団でゴロゴロするのに飽きたんです。

 お仕事を見せてもらってもいいですか?」


「それならいいけど、見ても何も面白くないぞ?」


「いいんです。」


そう言いながらエルケは本当に俺の仕事をじっと見ている、タイプライターを叩いてそれを筆で清書……ただこれだけの作業なんだが、ちらっとエルケの表情を伺うと何とも楽しそうである。


何がそんなに面白いのだろうか。


「村長の奥様方に色々お世話をしていただいた時に村長の話は伺ってましたが、ほんとにそのまんまの方なのですね。」


「妻達は変な事を言ってなかったか?」


「仕事熱心で村の事を第一に考える立派な方だと言ってました、ですので起こしても起きないくらい疲れているのにこうして仕事をされてるのですよね?

 それと困った人を放っておけない優しい方だと、なので私も助けていただけたと伺ってます。」


そこまで持ち上げられると少し恥ずかしい、妻達が率直にそう思ってるのも意外だし。


もしかしたら俺の評価を上げるためのリップサービスかもしれないけど。


もしかしなくてもそうだろうな、妻達にはかなりだらけている姿を晒しているし……村のためというより自分のための行動が多いのも分かってるだろうし。


「そんな村長を見て思いました、一族を預けても大丈夫な信用に足る人物だと。

 どうかパーン族の未来をよろしくお願いいたします。」


「おい、どうしたんだエルケ――」


エルケの意図が分からず質問しようとすると、エルケは俺に抱き着いて唇を重ねてきた。


待てっ……どういうつもりなんだ!?

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