第268話 ドリアードが無事異世界から帰ってきた。

ドリアードが異世界に行って1時間ほど経過しただろうか。


俺は今この世界に転移してきて最大のピンチを迎えている――トイレに行きたい。


それもお腹が急に痛くなるタイプだから柔らかいのが出そうになっている、誰かを呼びたくても叫んだ拍子に出そうなくらいピンチだ。


しかし異世界の扉を放置するわけにもいかない、戻ってくる間に誰かが入ってそのまま帰れなくなったとか命を落としたなんて事になったら、本当に取り返しがつかないからな。


だが俺のお腹もまた取り返しのつかない事になりそうである、どうしようかこれ。


脂汗をダラダラ流しながら必死に我慢する、早く誰か来てくれ……それかドリアードが帰って来てくれれば。


「村長、顔色悪いし変な汗かいてるし……どうしたの?」


声を聞いて振り返るとシュテフィが休憩に行くのか採掘場から戻ってきていた。


「頼む、ちょっとここ見ててくれないか!」


「え、えぇ……。」


俺はシュテフィに見張りをお願いしてトイレへダッシュする、本当は事情を説明したかったがそんな余裕がなかった。




「ふぅ……危なかった。」


トイレを済ませてダンジョンへ戻る、数分シュテフィが来るのが遅れてたら本当に大変なことになるところだった。


「ありがとうシュテフィ。

 おかげで人としての尊厳が保たれたよ。」


「それは良かったんだけど、何でここ見てなきゃダメだったの?」


「何でって、誰かが知らずにその異世界への扉をくぐったら大変だろ?」


「あぁ……そういえば説明してなかったわね。

 これって私と私が許可した人しかくぐれないのよ?」


何だって。


「だからまだ村長が居てびっくりしたし、すごい形相で見ててくれって頼まれてずっと疑問に思ってたのよね……ごめん。」


「いや……何事も無くて良かったよ。

 もう覚えたから大丈夫だ。」


時間を無駄にしたのと俺の人としての尊厳が壊れかけたのは悲しいが、結果何も無かったので良しとする。


「それじゃ、ドリアード様が戻ってきたら教えて。

 これ閉じておくから。」


「分かった。」


少し気まずそうにこの場を去っていくシュテフィ、俺が悪いわけじゃないはずなんだがそういう気がしてしまう。


どっちかっていうと被害者なんだけどな。




ドリアードはしばらく帰って来なさそうなので村の見回りをすることに。


ミハエルが描いていった転移魔法陣を見ると起動していた、どうやら無事にサキュバス・インキュバス族の里へ到着したみたいだな。


これで最悪の事態はまず回避出来る、それに流澪にバインダーを渡すことも出来るし。


ついでに渡しておくか、そう思って転移魔法陣をくぐってサキュバス・インキュバス族の里へ。


「おや村長、どうかされましたか?」


しばらく里をうろついていると、見張りの休憩を取っているウェアウルフ族に声をかけられた。


「流澪を探してるんだが、どこにいるか分かるか?」


「里は疫病も無く平和でしたのでデパートに行かれると言ってましたよ?

 それと報告です、サキュバス・インキュバス族はすぐにでも移住をされたいとのことですが……受け入れてよろしいですか?」


それを聞いて一安心、里に黒死病が流行ってなくてよかったよ……もし流行っていたら最悪全滅していただろうからな。


「それは大丈夫だがデパートが終わるまで待ってもらおう、色々混乱させてしまうかもしれないからな。

 転移魔法陣も繋がっているし、村から食糧や必要な物を支援して後3日我慢してもらおう。

 それに持っていくものや移住の準備もあるはずだ、そういう事で時間を潰してもらっててくれ。

 それと、近くに住むというパーン族とも交流を図ってみてもいいな。」


近いうちに交流をしたいと言ってきていたみたいだが、向こうから何も音沙汰が無いしこちらから行っても大丈夫だろう。


神の眷属が実際に地上で活動してるとは思いにくいし、ドリアードもパーン族に対しては何も言ってなかったから十中八九そうだと思い込んでる種族だ。


宗教的な部分を蔑ろにしなければ友好関係を築けるだろう。


そのあたりはオスカーが上手くやるだろう、いくら神の眷属だと言っていてもオスカーに反逆しようとするほど傲慢ではないはずだ。


「分かりました、ではそのように。

 今はオスカー様が長と話をしている最中ですし、その場に行って伝えてきますね。

 村長も参加されますか?」


「いや、俺は遠慮しとくよ。

 ただでさえデパートとサキュバス・インキュバス族の移住部隊で村が手薄だし、何かあれば俺が対応しなきゃだからな。」


現状村はデパートと広場周り以外本当に閑散としている、いつもの活気はどこへやらと思うくらいだ。


ほぼ全てデパートに行ってるんだけど。


「では私は話し合いの場へ行ってきます。」


「よろしく頼むよ。」


俺はウェアウルフ族と別れて村の見回りを再開することに、ぐるっと一周終わったらダンジョンへドリアードがどうなっているか見に行ってみるか。




見回りが終了。


異常は無かったがピザが大盛況過ぎて広場はとんでもないことになっていた。


匂いだけで胸焼けしそうである、それだけ人気なのは嬉しいけど。


俺は食欲を必死に抑えてダンジョンへ、するとドリアードが異世界への扉の前で苗木を持ってにこやかな表情で座っていた。


「帰ってたのか。

 声をかけてくれたらよかったのに。」


「ちょうど今帰って来たのよ。

 それより見て、精霊樹の苗木よ!

 まさか絶滅した種類の同種が異世界にあるなんて思わなかったわ、よく似てる種類だろうなと思ってたけどまさか本当に同種だなんて!」


ドリアードは本当に嬉しそうだ、それほど貴重な種類なんだろうな。


「しかしドリアードの力で絶滅を回避出来なかったのか?」


「いくら貴重とは言えある特定の一種に肩入れしすぎると、他の植物に嫉妬されて力を分けて貰えなくなっちゃうのよ。

 植物ってああ見えてかなり人間臭いんだから。」


グルメなだけでなく嫉妬もするのか、まさかそんな理性があるとは思ってなかったよ。


だがそう言われると環境に合わせて自分を最適化して進化したりしないのかも、前の世界の植物もそういう理性があるのだろうか。


話しかけるとよく育つとか、ストレスをかけると果実の味が甘くなるとか……思い当たる節はいくつかあるけど。


「それより精霊樹の苗木が手に入ったのよ!

 育て方は私が教えるわ、早速村の中心に植えましょう!

 間違いなく世界のシンボルになるわよ、精霊樹があるのは大精霊の名に誓って世界でここだけなんだから!」


「分かった分かった、心配しなくても行くから腕をそんなに引っ張るなって。」


俺は子どものようにはしゃぐドリアードに引っ張られながらダンジョンの外へ出る。


村の中心というと広場あたりだろうか。


ドリアードと二人で苗木を植えて言われた通りに肥料を与えて環境を整える、後は育つのを待つだけらしい。


「そういえば出発前に言ってた魔素というのは足りてるのか?」


「魔素は空気中に含まれる魔力の事よ、皆が使ってる魔力はこれを吸って回復してるってわけ。

 未開の地の魔素は潤沢だから問題無いわ、このあたりで一番少ないのは人間領かしらね?」


人間領で魔術が発達しなかった理由が分かった気がする、魔力が回復しづらいんじゃ使えないもんな。


「よし、それじゃやることはやったし食事に行くわよ!」


ドリアードとそのまま広場で食事をすることに……だが俺は一つ抜けていたことがある。


ドリアードは大精霊、それも世界に名の知れた神の次に崇高な存在。


文献で姿形も絵で遺されているらしい、という事は知ってる人が多いということだ。


ドリアードの姿が広場で明るみに出た途端、それを見た人全員が食事の手を止めて跪いてしまった。


それを見て固まるドリアードと俺。


「は、はーい……ドリアードでーす……。」


それは苦し紛れにも何もならないと思う、とりあえず皆に事情を説明するところからだな。

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