第179話 新しい異世界転移者が村に訪れた。

「生き返ったわ、ごちそうさまでした!」


学生服の異世界転移者は手を合わせて食事が終わった挨拶をする、剣道を習っていたと言っていたしそのあたりの礼儀はしっかりしているのだろうか?


俺は一人で食事をする事が多かったから久しくやっていない、周りの皆も「あれは……?」と疑問に思っているが。


周りの兵士もごちそうさまをしないのを見て、周りを見た女の子は手を合わせたまま顔を少し赤くした。


ごちそうさまの文化は俺の住んでいた国にしかなかったと思うから、同じ世界の同じ国から来たものと思って間違いないだろうな。


「とりあえず回復したようで良かったよ。

 改めて自己紹介をさせてもらう、俺は開 拓志――君と同じ世界、同じ国から来た異世界転移者だ。」


「あ、私の自己紹介がまだだったわね。

 私は猪谷 流澪いのたに ながれ――つい先日自殺を試みてビルから飛び降りたんだけど……目を開けたら神に捕まってここに連れて来られたわ。」


自殺をしようとしたとは穏やかじゃないな、だがこの世界で死のうとしないということは前の世界に原因があるのだろう……深く追及はしないでおくか。


「俺の事は好きに呼んでくれていい、俺も流澪と呼ばせてもらうからな。

 そしてここにいる兵士以外全員、流澪が人間領に攻め堕としてこいと命令されていた地域に住む住民だ。

 俺が言うのもなんだが、恐らくこの世界で一番強い戦力を有している人たちが勢揃いしている……ドラゴン族・ウェアウルフ族・ケンタウロス族・プラインエルフ族……俺の村には他の種族も多く暮らしているし、通って来たから分かると思うがもぬけの殻になっていた魔族領の住民も全て村に避難させている。」


脅すつもりはないのだが、俺の現状を説明するとどうしてもそんな風に聞こえてしまうな……ほら、流澪の顔がちょっと青ざめてる。


「敵対すると言ったらどうなるの……?」


「俺を含めた住民全ての力を結集して無力化させてもらうよ、俺としてはしたくないが住民に危害が及ぶなら流澪を殺すことになってもな。

 だが敵対しないなら話は別だ、人間領を裏切ることになるが村で仕事をして暮らすというなら衣食住は保障するぞ。

 別に誰かを殺せと言ったりはしない、ただ鍛錬所からは神からもらった剣術スキルを少しでも物にしたい住民から引っ張りだこになるかもしれないし、俺もここ最近刀術の鍛錬をしてるから教えてほしい。」


俺が質問に答えると流澪の目が真ん丸になる、そんな驚くことだったか?


「そんなのでいいの?

 あの神、誰かを無理に殺す必要は無いと言っておきながら人間領の城に転移した途端に詰問されて、スキルを使わされてそのまま魔族領と人間領を攻め堕として来いって命令されたから嫌で嫌で仕方なかったのよね……。

 うっぷん晴らしにはいいかと思ったけど、やっぱり罪もない人を殺すのは嫌だから……私は拓志の村に行くわ――貴方達はどうするの?」


流澪は自分の意思を俺に伝えた後に兵士達を見て問いかけた、少し悩んだ後すぐに兵士達の口は動く。


「私達も村へ移住させていただきます、流澪さんが離脱した今勝ち目も無いですし人間領に帰る場所が無くなったも同然ですから。

それに安全圏から命令だけする王子と大臣には辟易していますので……ダンジュウロウ様を裏切ることになるのは大変心苦しいですが。」


ダンジュウロウは厳しいながらも領民には尊敬されているんだな、この村に来た時はだらけきっていたけど。


「ダンジュウロウなら話せばわかるさ、それに冤罪で牢に囚われているんだろう?

 国王であり父でもあるダンジュウロウをすぐには処刑しないはずだ、まず皆が落ち着いてから救出に向かうことにするから安心してくれ。

 それから人間領に帰るか村にそのまま住むか決めてくれていいからな。」


俺は兵士達に説明して皆に指示して帰る準備を進める、流澪は何をすればいいか分からずウロウロしてるし兵士達は「ダンジュウロウ様を呼び捨てにするうえ事情を知ってるあの人は一体……。」なんて俺を見て怯えている様子だ。


この村に来たというのを知らないのだろうか、長同士交流を持つのは普通だと思うんだがな。




「何よこの村……スマホや移動手段が無いだけで前の世界より快適じゃない?」


村を案内すると流澪から前の世界と比べた意見をもらえた、俺も実際そう思うしスマホが無い分肩こりなんかも減っていい感じだ。


スマホ自体は転移させられた時に持ってたからあるにはあるが、もう充電も切れているだろうしただの板切れになっている。


「あの、本当にここに住まわせてもらっていいのですか?」


流澪についてきた兵士達が不安げに俺に聞いてくる、初対面で完璧に信用しろとは言わないが村長を名乗っている者が一度出した言葉だし少しは安心してほしい。


「構わないぞ、ただし条件として先に言ったように何か仕事をしてもらわないとダメだが。

 ただ普通の人間が出来ることとなると、未来の警備兵のために鍛錬をするか商店街の店番くらいになるかもしれないが……服飾や酪農に詳しいならアラクネ族かケンタウロス族の所へ行けば仕事はあるぞ。

 それと、ダンジュウロウの救出をより確実なものにするために城内部の情報を出来るだけ詳しく教えてくれると助かるな、もちろん人間領に帰ることになっても俺がきちんと口添えして罪にならないようにするから。」


「ありがとうございます……!

 ダンジュウロウ様の為ならもちろん、知ってる全てをお話します!」


「だが今は皆の住居を整えることが先決だ、村は今案内した通りだからルールに従って過ごしてくれ。

 俺の家と同じようなものになると思うが住居の希望を聞いておくよ、どんなのがいい?

 流澪も決めておけよ、この後一緒に作るから。」


「家なんてすぐ作れるわけ……そういえば拓志も異世界転移者だっけ、そういえば何のスキルを貰ったの?

 私が神に提示されたのは剣術と魔術だけだったのよね、もう1つは先人が貰っていったって言ってたから……まさか会えるとは思ってなかったけど。」


地味だが貴重な情報を得られた、結構な数の信仰を増やしたつもりだが神が与えるスキルに錬金術の選択肢は増えてないな。


俺が死ぬかもっと信仰を増やさないと選択肢は回復しない、もしくは1回限りか。


条件は分からないが……次に転移者が来たらほぼ間違いなく魔術を与えられるだろう。


だがそんな考察は後で妻達に任せることに、今は流澪の質問に答えるか。


「錬金術だよ、どういう物かは見せたほうが早いな。」


俺は家の希望をある程度聞いて想像錬金術イマジンアルケミーで家を建てる、全員家族ではないだろうし人数分の家をサクっと。


「い、家が突如現れた!?」


「神……ここの村長が神なのか!?」


兵士達は想像錬金術イマジンアルケミーで建てた家を見て大騒ぎしている、気絶しないとは珍しい……後ろに控えていたケンタウロス族も少し驚きながら去っていった。


新しく来た人だから想像錬金術イマジンアルケミーで気絶すると思っていたのだろう、そんな動向は伺わなくていいんだぞ。


「何よこれ……反則じゃない。」


「俺は見ての通り材料を消費して想像したものを創造するスキルだ。

 流澪も神から剣術をもらったんだろ、どういう効果なんだ?」


争いが嫌で錬金術を選んだが、残りの2つが気になってないわけではない――どんな効果か気になる。


「私の剣術は想像した物を斬る、もしくは切るスキルよ。

 ただし剣や刀の形をした物を持ってないと効果は発動しない、棒切れで試してみたけどスキルは発動しなかったから刃が必要なのかも。

 神が言うには概念も切れるらしいけど……それは試してないから何とも言えないわね。

 物体や魔物を斬るならともかく、概念を切るなんて怖くてとても試せないわ。」


思ったより強力だな……オレイカルコスだと分かればそれも関係なく斬れるということだし。


それに概念を切るとは……これは俺も怖くて試してくれとは言えないな。


「教えてくれてありがとう、やっぱりあの神が与えたスキルだけあって強力だな。

まだまだ聞きたいことはあるが積もる話は明日以降でいいだろう、今日は家でゆっくり休んでくれ。

明日あの広場で話を聞くから、兵士の皆も朝食を取ったら集まってくれ。」


「わかりました、ではお言葉に甘えさせてもらいます。」


「じゃあ私もこれで……お風呂があるってだけでこの村に住む価値はあるわ。

 まさかお風呂が存在しない世界があるなんて思ってなかったもの……前の世界じゃ古代からお風呂があったんじゃなかったっけってなったわよ。」


それは俺も思った、なんで誰も思いつかなかったんだろうな。


軽口を交わしながら流澪と別れて俺も家に帰る、今日の事を報告すると妻達は安心してくれたみたいだ。


「では明日はダンジュウロウさんを救出するための作戦を練りましょう、無血開城を目指させていただきますね!」


メアリーはふんすと鼻を鳴らして気合を入れる、期待しているぞ。

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