第143話 人間領の商人と話をする機会が出来た。

満月の夜まであと2日、シュテフィの復活までもう少しだ。


オスカーに契約魔術が使えるのかどうか確認を取ると「ワシが魔術を使えないと思ったのか、魔法陣を扱う魔術以外は一通り使えるぞ?」と怒り気味に返された。


すまん、魔術を使うイメージが無くて使えないものだとばかり思っていた。


あの絶対的な身体能力とオスカー自身の能力、それにほぼ全ての魔術を使えるって……考えれば考えるほど反則だな。


魔術に頼らなくても自分の力で全ての問題を解決出来るから使わなかっただけだろうが、少し羨ましくもある。


俺にも魔力があるし、時間が取れれば魔術の訓練でも受けてみようかな?


だがそれは時間のある時にするとして、今日はやることがある――ギュンターから人間領の商人と話をしてみないかと呼ばれているのでそちらに向かわなければ。


以前ギュンターにも頼んでいたが進展が見えなかったので、行商にもお願いしたのが効いたのかもしれない。


魔族領の商人としては客を奪われかねない行為なのに、間を取り持ってくれて感謝しないとな。


だが俺は魔族領との取引を止めるつもりはない、人間領からは魔族領でも村でも手に入らないものを買うつもりだ。


しかし貨幣は共通なのだろうか、もし人間領で違う貨幣が使われていたら両替をしないといけない……だが魔族領と人間領が取引をしているならある程度何とかなるか。




色々考えながら行商の言伝で指定された港に到着、そこにはギュンターと俺の知らない人が居た。


あの人が人間領の商人かな、俺以外の人間を初めて見て少し安堵する。


「待たせてしまったようで済まない。

 その人が人間領の商人だな、紹介してくれてありがとう。」


「いえ、このくらい魔族領と商人ギルドが村から受けた恩恵を考えると些細な事ですぞ。

 こちらは村長の言う通り人間領の商人、キチジロウ殿です。」


「ギュンター殿から紹介されたキチジロウという者です、人間領の商人を束ねる商団連の長を務めています、以後お見知りおきを。」


「俺は未開の地の村で村長をしている開 拓志だ、わざわざ商人を束ねる団体の長が来てくれるとは思わなかったよ。

 忙しいだろうに、ご足労感謝する。」


前に聞いた話だと異種族の土地だからすぐに帰っていたと言っていたが、2人の仲は決して悪そうではない。


それに長が来てくれたということは、ギュンターが声をかけてくれたということだろう……これが立場の上下で取り繕っているなら俺には見抜けない。


「では村長、人間領との取引について何か条件はありますかな?」


「魔族領にあまり数を卸していない作物や調味料、それと可能なら技術が欲しい……こちらから付け加える条件は特にないな。

 魔族領の貨幣であれば一括で払うつもりだが、人間領とは共用しているのか?」


俺がそう言うとキチジロウは驚いた表情で俺を見ている、何か変な事言ったかな……。


「御前様の命令とはいえ、人間領は村の住民の方々を危険な目に合わせて大変な迷惑をかけていたはずですが……それに対しての経済報復とかは無いのでしょうか?」


そういう事か、御前様というのは恐らくキュウビの事だろうな。


「そんな事するつもりはないし、実力を鑑みると危険な目にあったのは人間領の住民だけだろう。

 ドラゴン族を含めた村の精鋭が向かっていたんだ、それにこちらの無傷は確認している。

 俺はそういうのを抜きにして、人間領とは友好な関係を築いて双方いい取引を行いたい。」


「村長は甘いですなぁ、搾れるところからは搾らないといつか損をしますぞ。」


ギュンターが笑いながらキチジロウの背中をポンポンと叩いている、キチジロウに損をさせたいのか良かったなと表現してるのかどっちなんだ。


それに俺は損をしても構わない……なんて言っていると妻たちに怒られるので多少稼げる程度でいい。


そんな大きく稼いだって使わなければ経済混乱に陥るからな、そうならない為にも何か対策はしなければならないだろう。


それはそれとして、キチジロウが感謝を述べながら取引が可能な品目を見せて来たの見せてもらう。


調味料の大半は村か魔族領で賄うことが出来るが……気になったのは魚醤とかつお節、それに昆布と料理酒。


これは是非とも仕入れたい、かなり前の世界で俺が住んでいた国で食べていた味に近い味付けになるだろう。


懐かしさもあるが実際に美味しかったんだよな、他の国の料理も食べたことはあるし美味しかったんだが……結局自国の味が一番だった。


人間領は限りなく俺が住んでいた国に近い料理を食べているのだろう、そうじゃないとこのあたりの調味料は存在しないはず。


嬉しさを抑えながら品目を眺める、やはり技術に関する記載はないか……領の生命線でもあるし当然か。


「そうだな、この中だと魚醤とかつお節、それに昆布と料理酒は是非仕入れたい。

 まずはお試しという事で各20キロずつくらい仕入れさせてもらっていいか?」


「それはもちろん、次の船便で持ってこさせましょう。

 村長は技術を欲しがっていましたが、こればかりは王と話さなければ……今後のお付き合い次第では可能になるかもしれません、私も善処してまいります。」


「大丈夫だ、俺だって簡単に技術を売ってもらえるとは思ってないよ。

 それともう1つ、そちらの漁業や魔族領との貿易の際にマーメイド族の護衛は必要じゃないか?

 魔族領には既に派遣しているんだが、人間領に派遣しても大丈夫なくらいの人数が居るんだよ。

 皆仕事を欲しがっているし、もしよければ検討してみてくれ。」


「まさか海の守り主と言われるマーメイド族の加護を確実に受けられるとは!

 是非派遣していただきたい、何ならこの後帰る船からついてもらいたいくらいです!」


よし、マーメイド族の追加の仕事も取ることが出来た。


「魔族領には主に漁の際についてもらっているから、その時取れた魚の一部を代金として受け取っているが、人間領はどうやって支払う?」


一応聞いておかないとな、人間領には生活魔術が無いわけだし魔族領のような支払い方は難しいだろうから貨幣になるとは思うけど。


「ギュンター、漁獲高の何割くらいを渡しているんだ?」


「1割弱ですな、マーメイド族についていただけるだけで安全はもちろん魚群まで探していただけてると報告が入っていますぞ。

 実際マーメイド族と漁に出始めて漁獲高が3割以上増えている、しかもこれで生体バランスとやらも保たれているらしいから魚が居なくなることはないらしいですぞ。」


「では1回の護衛につき金貨15枚ほどで如何でしょう?」


……金貨が一番高価な貨幣なのは分かるが、物に換算するとどれくらいになるか分からない。


「ギュンターから見てキチジロウの提案した値段は妥当だと思うか?」


分からないのでギュンターに頼る、それっぽく聞いておけばバレないだろう――多分。


「少々高いくらいですぞ、もらっておいて損はありません。」


ギュンターがそう言うなら大丈夫そうだ、キチジロウにそれで大丈夫だと返事をして商談成立。


明後日には船の積み荷を降ろし終えるので人間領へ向かって帰るらしい、その時から護衛をお願いしたいとのことなので了承した。


勝手に返事をするのはどうかと思ったが、仕事に飢えているマーメイド族なら引き受けてくれるだろう。


しかし漁の護衛もするとなるとマーメイド族が人間領へ出ずっぱりになってしまうな、何かいい案は無いだろうか。


相談してみると週に1回魔族領へ船を出してくれるそうだ、このところ関係も回復してきているようで双方充分に利益が出せるので大丈夫らしい。


魔族領に船が着いて帰る時にマーメイド族が交代、という事で話がついた。


これで1週間に1度は村に戻って来れる、その間漁にも出ているだろうし結構な金額を稼いで戻ってきそうだな。


マーメイド族にもしっかり貨幣を消化してくれと伝えなければならないな。


次回来るときには他にも色々買う物を増やしたいのでサンプルが欲しいとも伝えた、サンプルがあればドワーフ族がしっかり見極めてくれるはずだし。


ドワーフ族とマーメイド族に人間領との取引を任せることにしよう、毎回俺が来るわけにも行かないしな。


技術を売ってくれる時は俺も一緒に行くことにしよう、どんな技術か気になるし村に必要かを判断しなければならない。


予定より少し長くなったが有意義な商談だったな、今後とも人間領とは仲良くしていこう。




村に帰って新しい調味料が手に入るぞと皆に伝えるとものすごい期待をされた、そんなびっくりするほど美味しいわけじゃないから過度な期待はしないでくれよ?

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