第132話 別視点幕間:黒魔術研究者の心象。

私はイザベル、魔族領で使用を禁止されている黒魔術の研究に人生を捧げている魔術使い兼研究者。


皆からはアウトローな扱いを受けているし、報告書を提出してもあまりいい顔はされない日陰者だけど、私自身が好きでやっているから別に辛くない。


人との接触が少なくて少し寂しい時はあるけどね、表には出さないけど。


いつも通り好きな黒魔術の研究をやっていたある日、誰かが研究所の扉をノックする音が。


またこじらせた貴族なんかが私の噂を聞いて何かしろって言ってくるんだろうか……と陰鬱な気分で来客の対応をしようとすると、意外な人物が扉の前に立っていた。


冒険者ギルドの長であるマルチンだ、私が魔術師時代に少しパーティーを組んだことがあるけど解散してからはほぼ交流はしていない。


私が黒魔術の研究をするのは解散の時に話したから知っていると思うけど、マルチンの記憶力は魔族領でも随一だし忘れているとも思えない。


「久しぶりだなイザベル、まだ黒魔術の研究をしているのか?」


「本当に久しぶりね、もちろん続けているわよ。

 神秘的でそれでいて禁忌の黒魔術に惹かれているのよ。」


冒険者をしていた時にたまたま知った黒魔術にその時から惹かれっぱなしだった、それがたとえ禁忌だったとしても。


「そこまでずっと黒魔術を研究しているのはイザベルくらいだろう、その知識を見込んで頼みがある。

 未開の地の村の村長に会ってくれ。」


「はぁっ!?

 私も興味本位であの神殿建設イベントには行ったけど、あの時一番ヤバそうなドラゴンに乗ってた人物でしょ?

 なんでそんなこの世の力を掌握したような人が黒魔術の知識を欲してるのよ……。」


「理由は俺もわからん、だが黒魔術の知識が必要らしいんだ。

 悪用厳禁なのは伝えてある、会うだけでも会ってくれ。」


マルチンが頭を下げてお願いしてくる、まったくギルド長がそんな簡単に頭を下げるもんじゃないわよ。


それにアウトロー研究者の私になんて、見る人が見たら結構な問題になりそうなものだけど。


久々に私を頼ってくれた旧友を無下にするわけにもいかず、私はマルチンの頼みを承諾して冒険者ギルドへ向かった。




村長との話は私に村へ来てほしいと言うものだった、正式に魔族領へ黒魔術の報告書を提出している私は魔族領外へ出ることを禁じられているためもちろん断る。


すると村長は魔王様に許可を取ってくるとか言い出し、私もマルチンも大慌てで止めた。


そんなこと許可が下りるわけがないし、魔王様に直接そんなことお願いしに行くってこの人どういう神経してるのよ!?


とりあえずその場は諦めてくれて、また訪ねると言われたので研究所までの地図を渡して終わった。


その日の夜にSランク冒険者のグレーテさんに誘拐されて村に連れて行かれたけど、もちろん多少抵抗はした。


でもあの子強すぎないかしら……最近のSランク冒険者は皆あんな感じなら昔よりかなりレベルが上がってるわねぇ。


そんなことより誘拐されて魔法陣をくぐったらその先は未開の地の村だったんだけど、何が起きたの!?


「今日は私の家に泊まってください、明日話し合いがあるとのことなので。」


グレーテさんにそう言われてとりあえず今日は泊まらせてもらう事に、魔族なのに未開の地の村に家があるのもすごいわね……。




次の日の話し合いの内容を聞いて、どうして私が必要なのかが分かった。


この村だけじゃなく世界規模の問題だったのね、そりゃ少しでも早く知識と情報が欲しいワケだわ。


シモーネさんから六芒星の頂点となる穴の位置を教えてもらい、他の人からも情報をもらって私の知識と照らし合わせていく。


うん、これは地表に著しいダメージを与える黒魔術ね……発動には月光を使うタイプなんて威力がどうなるか怖くて想像したくない。


地下に住民が居るとしたらものすごい性悪なのは間違いないわ。


魔物を召喚しそちらに人員と注意を引き付けて、気づいたころには対処不可能なくらい谷という魔法陣の線を引いているという算段かしら。


まだギリギリ間に合う気がするわね、でも後どれくらい時間があるか計算しないと……それにこの谷も相当深いしそれの対処法も。


邪魔をする黒魔術やカウンターの黒魔術もあるにはあるけど、自身で発動したことはないから不確定過ぎるし……考える事が多すぎるわね、とりあえず時間の計算が最優先かしら。


私が必死に計算していると、村長が谷を埋めれば発動しないのかと聞いてきた。


そりゃ月光を必要とするからもちろん発動しないけど、あんなバカ深くてそこそこな幅のある谷を塞ぐなんて並大抵の事じゃないのよ?


これだから素人は……なんて思っていると村長の妻であるメアリーさんが身を案じて意見を控えていたと言った。


村長も俺に出来るならやりたいと言って、無理矢理意見を押し通した……え、そんな規模の谷を塞ぐことなんて出来るの?


この時の私はものすごく変な顔をしていたと思う、でもよく考えればあの規模の神殿を一瞬で作れる魔術があるならそれも不可能じゃないのかもしれない。


何よ、一気にやることが無くなったじゃない。


話し合いはもう村長を守る部隊の編成の話に完全に移っちゃったし……ついでに観光でもしようかしら?


聞いてみると観光は大丈夫らしいし、後で聞くことがあるかもしれないから滞在してくれたほうが好都合らしい。


どうせ次の報告書の提出まで大分期日はあるし、私を訪ねてくる人なんて滅多に居ないから今まで外に出れなかった分いっぱい観光しよっと。




まず私が向かったのは水浴び、お風呂という施設が魔族領でも設置されていたけど私は拒否したのよね。


工事なんてされたら埃が舞うし、煩くて終わるまで研究なんて出来たもんじゃないだろうと思って。


水浴びに関しては今の季節ちょっと辛いけど、もう長い事そうしてきたから慣れたものよ……何か遊具みたいなものがあるけど広々と水を張ってるしここが水浴び場所ね。


そう思って服を脱いでると、ケンタウロス族の人に慌てて止められた。


水浴びをしたいと伝えるとお風呂に行ってくれとのことらしい、なんだ……この村にもお風呂があるのね。


さっきの長い事してきた水浴びに慣れているという前言を撤回するわ、お風呂気持ち良すぎ。


温かいし気持ちいいし……お湯で体を温めるのってこんなに気持ちよかったのね……今からでも改修工事を頼もうかしら。


しばらく缶詰になってて水浴びが出来てなかったから余計かもしれない。


存分に温まらせてもらい、他の場所を見回っていると懐かしい顔が見えた。


「あらミハエル、あなたもこの村の観光?

 いきなり姿を消して心配してたのに、こんなところにいるなんて。」


「え、イザベル!?

 黒魔術に詳しい人ってあなたの事だったのね、私は観光じゃないわよ――魔族領から派遣されてるこの村との親善大使をしてるわ。」


ミハエルがそんな事をしていたなんてびっくり、でも懐かしい顔に会えて嬉しい。


それに親善大使ならこの村のいい所をたくさん知ってるはず。


「私の用事はほぼ終わったから、村を案内してよ。」


「いいわよ、その様子だとお風呂には入ってるから次は食事ね!

 食べ物もお酒も美味しいわよー!」


賭け事はしてないみたいだけど、今度は食事とお酒で身を滅ぼしそうな勢いがあるわね……大丈夫かしら?




これも前言撤回、これだけ美味しかったらそりゃ勧めたくもなるわね。


親善大使としては大成功の働き――あ、グレースディアーのほほ肉のローストと、ビールのお代わりをください。


お金を持ってきてなくて不安だったが、お客として来ているし無料で大丈夫だろうとミハエルが言ってくれたので遠慮なく食べさせてもらう。


……もしお金が必要なら帰ってから払うわ。


その日は村長やメアリーさんが訪ねてくることなく、ミハエルの家に招いてもらって昔話で盛り上がりながら床に就いた。


ちょっと住みたくなる村ね……少し考えておこうかしら。

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