第104話 企画担当者がとんでもない台詞を選ばせに来た。


「それで、俺はそのイベントで何をすればいいんだ?」


魔族領からわざわざ俺の家まで訪ねて来た企画担当者に尋ねる、出来ればそんなに目立たないようにしてほしいが……ドラゴン族に乗って登場するって言ってたしそれは無理なんだろうな。


「はい、こちらの用紙を見ていただければと思います。」


企画担当者が数枚の企画書を渡してくれたのでそれを見る……どれどれ。


物陰に隠れて想像錬金術で神殿を建築し、見物客が驚いているところにドラゴン族に乗って登場……そこから大声で自己紹介をすると書いてある。


その下には台詞はどれがいいかと選択肢が並んでいるが……ほとんど俺が魔族領に行った時から前進してなくないか?


「これ、建築した後すぐに大声で自己紹介と書いてあるが……いきなり自己紹介をしてもドラゴン族が飛び出してきた時点で驚いてあまり聞いてもらえなくて効果が薄いと思うぞ。

 建築が終わってしばらく時間を置き、魔族領からアナウンスを入れてから登場して軽く自己紹介のほうがいいんじゃないか?」


図面を見る限り神殿は大きい、だがいきなり畏怖の象徴であるドラゴン族……しかも世界最強のオスカーが現れるとなると迫力も尋常ではないだろう。


そのプチパニック状態で俺が喋っても、半数以下の人にしか声は届かないだろうと考えた。


選択肢として書いてある台詞がどれも小恥ずかしいものばかりで、出来れば人前で読み上げたくないのもあるんだけど。


「それは確かに……助言感謝いたします。

 ではそのように事を運ぶことにします、この修正は許可を取らなくても受け入れられるでしょう。

 では、自己紹介はどの台詞でなされますか?」


企画担当者がものすごいワクワクした目で俺を見ている……まさかこれ全部企画担当者が考えた自信作なのだろうか。


選択肢を見た率直な感想は……その……こじらせた中学二年生が寝ずに考えたようなかっこいい自己紹介のような台詞。


正直読み上げたくない、だがこの世界では普通なのかもしれない。


「ちょっと妻のウーテと相談したい、少し離れていいか?」


「えぇ、大丈夫ですよ。」


そう言って企画担当者を椅子に待たせ、別室でくつろいでいるウーテに声をかける。


「すまんウーテ、少しいいか?」


「大丈夫だけど、どうしたの?」


「神の神殿建設イベントで俺が台詞を読み上げなきゃならないんだけどさ……企画担当者が出してきた案がこの紙に書いてある選択肢から選ぶことになるかもしれないんだ。

 この世界に来てからイベントになんて参加したことないからわからないが、こういう自己紹介は普通なのか?」


ウーテは「どれどれ……。」と言いながら俺が渡した紙を読み始める。


少しして読み終わったのか、紙を伏せて俺の肩を叩く。


「大きな声では言えないけどこれは無いでしょ、子どもが考えたみたいな台詞じゃない。

 新しく信仰してもらう神の神殿を建築する大々的なイベントで、これを大衆の前で読み上げるなんて正気の沙汰じゃないわよ?

 登場前に魔族領から簡単に紹介してもらって、村長がいつも通り軽い自己紹介をして神の信仰をお願いするのが一番適切な流れだと思うわ。」


ウーテに指摘されて一安心する、俺の感性は間違ってなかったみたいだ。


だが、それと同時に悩みがもう一つ増えることになる……どれが選ばれるか期待の目に満ちている企画担当者だ。


「とりあえず一安心だが、企画担当者がすごい目をキラキラさせて楽しみにしてるんだよな……。

 断るにしても魔族領の感性が分からないからどうすればいいのか……。」


「魔族領の感性だとこれが普通なのかしら?

 ミハエルさんは長く離れてるから期待できないけど、グレーテさんの話が聞ければなぁ……。」


確かにグレーテにこれを見せれば魔族領の感性がどういうものか分かるな、しかし企画担当者を置いて外に出るのも不審だよな。


どうにか外部と連絡を取る方法――こういう時に通信機器があればものすごい役立つんだがそれを構築する知識も技術も俺には無い。


「そうだ、私が窓から抜け出してグレーテさんに聞いてきたらいいんだわ。」


そう言って窓から飛び出しドラゴンの姿になって飛んでいくウーテ、あまり長く待たせるのも変だから早く帰ってきてくれよ。




15分ほど経ってウーテが戻ってくる、思ったより早くて助かった。


「聞いてきたわよ、結論から話すと私たちと同じ意見だったわね。

 何ですかこの恥ずかしい台詞……って呆れてたわ。」


これでセンスが壊滅的だったのは確定、あとはどう断るかだ。


「これは私も一緒に話すわ、この村の村長であり私の夫にこんな台詞読ませて赤っ恥なんてかかせられないわよ。」


「すまん、助かる。」


ウーテと2人で企画担当者の所へ行き、ウーテが企画に色々指摘と改善点を伝える。


企画担当者は必死にメモを取りつつ企画書に修正を加えていく……あれから企画が前進せず俺のところに来たのを見るとまだ新人なのかもしれないな。


特に無礼を働いてるわけでもないので無下に怒ることはしないが。


「あと村長が登場する際に読む台詞なんだけど、この選択肢からの決定はあり得ないです。

 この村の村長であり、私を含めて3人の夫である村長にこのような台詞を大衆の前で読ませるのは許可出来ません。」


ウーテが直球ど真ん中で台詞の事を断る、角が立たないようにしてくれるのかと思ったがそんなことはなかった。


でも断る時はこれくらいストレートに断らないと伝わらないことがあるからな、相手の心情を考えると気の毒だが仕方ないのかもしれない。


恐る恐る企画担当者に目をやるとほっとした表情をしている、なんでだ?


「良かったです、そう言ってくださって。

 この台詞を考えたのは魔王様だったんですよ、かっこいいほうが盛り上がるじゃろ!って言って聞いてくださらなくて……とりあえず早めに断っていただくために今日は出向かせていただいたようなものですから。」


これ考えたの魔王なのかよ!


「材料の手配と広報活動に忙しくて、企画の練り直しも出来ないままお時間いただいて申し訳ございません。

 ですが、断りと同時に企画の改善案まで出していただけたので非常に助かりました。」


そりゃ没にしたい魔王の案なら無理矢理時間を見つけて片付けに来るか……新人なんて疑って申し訳ない。


「そういう事だったのね、魔王様って見た目の割に年を召してるはずだからもっと普通の感性を持ってるかと思ったら、見た目通りの幼さを持ってるなんて予想外だったわ。

 魔王様には悪いけど、妻が許可をしてくれなかったと言ってもらっていいから普通の自己紹介に差し替えてもらえるかしら?」


「それはもちろん、村長の奥様に断られたとあれば魔王様も諦めてくれるでしょうから。

 次お会いするときはイベントの明確な開催日時が決定したらお伝えする時だと思いますので、またしばらくお待ちいただければと思います。

 恐らく氷の季節に入るか入らないかくらいだとは思いますが。」


「わかった、またその時言伝を出してもらうか直接来てくれたら俺たちも対応する。」


「では、そのようにしますね。

本日はお騒がせした上お時間を頂戴して申し訳ございませんでした、失礼いたします。」


そう言って企画担当者は帰っていった、とりあえずあの台詞を読まなくてよくなったので一安心。


「ミハエルさんに聞かなくて本当によかったわ。」


「どうしたんだ、急に。」


「魔王様と同じ感性を持っていたら誤解したままあの台詞を読むことに、持ってなかったら家族トラブルだったでしょ?」


そう言われればそうだな、ナイス機転だったぞウーテ。

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