第97話 別視点幕間:キュウビの心情。

私はキュウビ、妖狐一族に産まれたが紆余曲折あり人間領の施政に就いている。


つい最近転移魔術なるものを魔族領の王族が使えるという事を知った私は、それを手に入れようと闇討ちを試みた……だが魔族領ではなく未開の地の村というところに属している戦力に敗北。


私が居るということを知らないはずが、未開の地の村に居るメアリーという者に「私が居るだろう。」という仮説のもと動かれ手も足も出なかった、住民も全幅の信頼を置いていたらしく統率の乱れも見れず。


長き人生でここまで完膚なきまでに叩きのめされたのは初めてだった……悪あがきに影法師を操ろうにも既に潰されておったし。


あの者が軍を率いるようになれば、その軍は即座に世界を取れるだろうな。


オスカーとかいう規格外のドラゴン族も居ることだし、もうあれだけで世界取れそう。


闇討ちでは私だけが狙いだったらしく、私の欲に巻き込んだ人間達は見逃してもらえた……あれは本当にありがたかったな。


けが人こそ少しは居たものの、死者が0だったのも救われた……命を奪うのは好まない村長の命令のおかげよ。


そうして村に囚われ、死罪だろうなと腹をくくっておったがどうも違うらしい。


話を聞くと、人間領との関係が劣悪になるのが嫌だという理由で大罪人を生かすつもりだ。


戦争で命を奪うなという命令をしていたと聞いた時から思っておったが、現実の厳しさを知らぬ綺麗事を並べるだけか……と思った。


一度は神から賜ったスキルでそれを信仰していると思ったが、このような甘い考えでは長く持たないだろうと村長に少し脅しをかける。


すると、外に連れて行かれスキルを実演された。


何じゃあれ。


あんなのズル過ぎる、この世の全ての生産者と技術者に謝れ……というかそういう人材を集めて育てて発展させた私にも謝って!


頭をフル回転させて村長のスキルで出来ることを考えていると、思考がパンクしたらしく気絶してしまった。




気が付いて色々思考を整理する。


私の本来の願望は<差別なく健やかに幸せにあれ>というものだ、これは私が過去に受けた実験から来ている。


あのようなことはあってはならぬ、知らぬ土地までは仕方ないかもしれんが私が認知している土地ではそのようなことは起きてほしくない。


だからこそ貧富の格差を問わず、個々が持つ能力を伸ばすよう指導し仕事を斡旋――そのように人間領の技術力を向上させていった。


その者にあった仕事をしていたら私の願望は叶う、そう信じていたが現実はそこまで上手く事を運ばなかったが。


人間領の指導者である私には付いてきてくれるが、組織の中では差別や虐待のようなことが行われていたと聞く……問題が起きる都度制度を敷くと不満の声も上がった。


だがこの村は違う、規模こそ人間領までとは行かぬが誰しもが私の願望通りの生活を送っているのだ。


差別も無い、能力がないからと虐げられることもない――村長がそのような村を作り上げていた。


使えるものは力づくでも手に入れ自分の願望に組み込もうとする私のようなこともしていない、神から賜ったスキルを利益度外視で村のために使う。


見返りを求めない、これこそが私の願望へ続く一番の近道だったのかもしれないな……今まで気づくことが出来なかったが。


力も知恵もこの村に負けた、私の本来の願望こそ叶わなかったがある程度のものは手中に収める事が出来るようになって驕っていた気持ちはもう無くなっている。


過去、そして今私が犯した罪はこの村のために償おう……本来あるべき私を取り戻してくれたのだからな。


この村のために何が出来るかを続けて思考する、ここは未開の地の村……この辺りは未開の地と言うのだろう。


それなら地図も何も無いはず、それにこれだけの他種族が居るという事は他にも存在する可能性は充分にある。


測量技術は修めている、魔物が襲ってきても私の力なら問題無く討伐も出来るだろう……地図作成と住民の誘致はこの村のためにならないだろうか?


村長に提案してみると、一度オスカーに止められかけたが村長が条件付きで意見を押し通してくれた。


条件は厳しい、私の命がかかっているものだが遵守すれば問題ないだろう。


私の本当にやるべきことが決まった、このような充実した気分は久々かもしれない。


その前に、人間領での仕事の仕舞いをつけなくてはならないだろうな……これも村長は快諾。


この危機感の無さは危険だが、それゆえ人は付いてくるのかもしれない。




そして人間領へ、オスカーが送迎兼監視でついてくる。


何かの因縁なのだろうか、他のドラゴン族もいるはずだが絶対オスカーが選ばれるな。


村へ囚われた時、そして人間領への送迎……話す機会が多かったからか次第に打ち解けることが出来た。


人間領で仕事を終え、休養のため村の食堂へ入ると私に向かって怒号が飛んでくる。


あれは妖狐一族の生き残り!?


驚いたがそれを態度には出さないようにする……怒るという事は私に対して恨みがある、仲良く話すのは難しいと思ったからだ。


言い分を聞くと一族が伝えている私の情報に大きな語弊があることが分かった、それゆえ私も弁明。


言葉だけでは信じてくれぬだろうと思い、服を脱ぎ誰にも見せたことのなかった肌を露わにする。


あまりに酷い傷なので、自分でも見たくない程なのだが……仕方ないだろうな。


それを見た一族の生き残り――クズノハは私を信じてくれたのか足元で私の服を掴みながら崩れ落ち泣き出してしまった。


周りを観察すると重苦しい雰囲気が漂っている……憩いの場でずっとこういう空気はダメだろうと思いクズノハを抱き上げ外へ連れ出した。


「すまぬ……誤解をした上取り乱してしもうたの……。」


「大丈夫、私の所為で長年苦しめてしまい済まなかった。」


ちょうどいい広場と長椅子があったので、クズノハをそこに降ろし一緒に座る。


少し落ち着いたのか会話が出来るようになっていた。


少し話したところで村長がこちらにやってくる、そこでふと思い立った。


私を知恵で負かしたメアリー殿に興味が湧いてきたのだ、軽く言葉を交わした程度だが……何がどうなるとあのような思考を手に入れることが出来るのか気になる。


よくよく考えれば戦略などではないのだ……もはや未来予知や予言の域に達している。


この村の住民は疑問に思ってないのかもしれないが、アレは明らかにおかしい。


メアリー殿と腰を据えて話をしたいと村長に頼むと、今夜家に来れば伝えておくとのことだ。


恐怖も少しあるが楽しみでもある、知恵ある者との会話はいつだって有益な物だからな。


では、夜まではクズノハと一族の思い出話に花を咲かせるとしよう……せっかくのもう会わないと思っていた一族との再会だからな。


一目見て分かったが、私を実験していた主犯はクズノハの親であることは私の胸にだけ秘めて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る