第96話 キュウビの凄惨な過去を知った。

陽の季節も終わりかけ稔の季節が近い。


他の場所なら収穫の準備で大忙しなんだろうが、この村はどの季節でも変わらない日常を送っている。


食糧の補充は俺とプラインエルフ族、それにダンジョンの狩りで年中いつでも出来るからな。


今日は特にやることもないので、カールとダラダラしている。


妻たちは狩りや哨戒なんかに出かけていて、家には俺一人……少し前までバタバタしてたからこれくらいいよな?


お酒を飲みたいという気持ちはあるが、まだ幼いカールを見ながらお酒を飲むのはダメだと思うので我慢。


カールを抱いて窓の外を覗いていると、オスカーとキュウビが帰って来るのが見えた。


結構長い間かかったな、まぁ人間領の施政と引継ぎだったし仕方ないのかもしれない。


カールをベビーカーに乗せてオスカーとキュウビの所へ歩いていく、ベビーカーはつい最近作った。


すっごい便利、もっと早く作れば良かったな。


「村長、キュウビの監視と送迎滞りなく終えた。

 特に怪しい動きも無く普通であったぞ。」


「お疲れ、長い間ご苦労様だった。

 しばらく休養してゆっくり休んでくれ。」


「私もゆっくりして良いのかの?

 さすがにちと疲れたのだが。」


キュウビも休養をせがんでくる、それくらい構わないぞ。


「お主、一応罪人で罪滅ぼしをせねばならぬのを忘れてないか?」


「忘れておらぬよ、オスカーも私の仕事ぶりを見てたであろう。

 疲れてるのは本当じゃ。」


この2人人間領に行ってる間に仲良くなっている気がする、ギスギスするより全然いいけど。


2人とも食堂へ向かって歩いていった、まぁ契約魔術も結んでいるし多少は好きにしてもいいだろう。


俺も飲み物を取りにいこうと思い、その後ろをついていって食堂に入ると――クズノハがものすごい形相でキュウビを睨んでいた。


たまたま会わなかったがここで会ってしまったか……。


「この一族の面汚しめ、よくそんな普通の顔をして我の前に顔を見せることが出来たの!

 妖狐一族が滅んだのはそなたが原因、そのうえ我とミハエルだけでなく多くの魔族の人生まで狂わせおって……村長には逆らう気は無いが我はそなたの処遇は腑に落ちておらんぞ!」


クズノハが居たのは偶然なんだが、流石に恨みを持ってるとこういう展開になるよな。


それを聞いたキュウビは、怒ってるような悲しんでるような……そんな複雑な表情だ。


「妖狐一族の生き残りがおったのか、道理で管狐がいともたやすく封じられるわけだ。

 一族が滅んだのは、申し開きをするつもりもない……私が原因なのは認めるが、事故とだけ弁明させてもらう。

 そのほかの者の人生を変えた件は、この村の発展とそれに繋がる魔族領への発展で少しずつ返させてもらうつもりだ。」


急に丸くなって怖いのはあるんだけど、敵意も無さそうだし契約魔術もすんなり受け入れているから信じるしかないんだよな。


「事故……事故だと!?

 管狐を用いて魔族領の農村を襲い、妖狐一族に罪をなすりつけ戦争を起こしたのが事故だとでも言うのか!」


クズノハが泣きながらキュウビに食って掛かる、そのあたりの絶望はすごいものだったのは想像に難くないので誰も止められずにいる。


「事故なのだよ、一族で私がどのように言われていたか知らないが……私は幼いころから強い妖力を持っていたため一族から非人道的な実験を強要されていてな。

 それに耐えれなくなった私は、妖力を暴走させそこを破壊し、身ぐるみひとつで里を飛び出し……食べるものに困った時管狐を使って作物をくすねようとした。

 だが見つかってしまい、管狐は自らの身を守るため魔族を襲ってしまった……すべて私の未熟さからきたものだが。」


昔話をしながら、キュウビは着ていた服をスルスルと脱ぎだした。


こんな場所で裸になろうとするのはやめろ、と思ったがキュウビの身体を見て何故そうしたのかがわかった。


夥しい切り傷や針が刺さった痕、治療痕もいくつかあるが消えない傷となって残っている。


服で隠れるところは綺麗な場所がほとんどない、そのくらいひどい傷がキュウビの身体には刻まれていた。


これが言っていた非人道的な実験とやらでついた傷なら、キュウビはキュウビで相当苦しんでいただろうな。


クズノハもその傷を見て固まってしまう、戦いでついた傷ではないのが分かるのだろう。


「だが一族を嫌いになったわけではない、その実験をしていたものは心から憎いがな。

 一族が滅びたと聞いた時、罪の意識で押しつぶされそうになった私は情報を得るため影法師を魔族領に置き人間領へ逃げたのだ。

 魔族領には申し訳ないが、一族が悪いと書いた文献は処分させてもらった。」


「だがそれなら!

 何故魔族領を闇討ちで襲うような真似をしたのだ、最初から話してくれれば分かり合えたかもしれぬだろう!」


それはそうだ、事情を話してくれたら他に解決策があったかもしれない。


「驕ったのだ、自分の力と知恵に。

 人間領の施政に過去の記憶を思い出さなくなるほど長く携わり、手に入らぬものなど長らく無かったからな……欲しいものは意地でも手に入れる、だが金で買えないのは分かっておったからあのような暴挙に出たのだ。

 その暴挙もメアリー殿とオスカーにことごとく潰されたわけだが、おかげで驕りから目も覚めた。」


「この、大馬鹿者め……。」


そう言いながらキュウビの服のすそを掴み、泣き崩れるクズノハ。


恐らく聞かされていた事と、キュウビが語った事実は大きくかけ離れていたのだろう……キュウビはクズノハを抱きかかえ、食堂を後にしていった。


その場に残された皆は黙って俯いている、かなりヘビーな内容だったからな。


でも、食堂をずっとこんな雰囲気にしておくのも良くない。


「俺もビックリしたが、本当に辛いのはあの2人だ。

 俺たちまで暗くなったら、あの2人も雰囲気に飲まれてまた過去を思い出してしまうだろう。

 事情は分かった、だからこそ普通に接してやろう――それが俺たちに出来る2人への一番の事だと思うぞ。」


「うむ、そうじゃな。

 ほら皆、うまい料理が冷めるぞ。」


デニスも助け船を出してくれた、料理に手を付け始めた皆は徐々にいつもの雰囲気を取り戻していく。


やはり美味い料理と酒は気分を高揚させる効果があるな、俺は酒を飲んでないけど。


俺は飲み物を受け取って食堂を後にする、すると広場のベンチにキュウビとクズノハが座ってるのが見えた。


「村長、ちょっとよいか?」


クズノハに呼ばれたので2人に近づく、様子を見る限り少しは落ち着いたみたいだ。


「さっきは取り乱してしまい申し訳ないのじゃ……。

 一族の一部がキュウビに対してそのようなことを行っておったとは……。」


クズノハがうなだれながら謝る、色んな気持ちが交錯しているだろうから仕方ないと思うぞ。


「私も迷惑をかけて謝りもせず逃げたのが悪かったのだ、クズノハだけが抱え込む問題でもあるまいよ。」


キュウビが撫でながらクズノハを諭す、そうしていると姉妹みたいだな。


「起きてしまったことを無かったことにするなんて出来ない、気持ちが沈むのは分かるが……今が一番大事だ、生きている以上楽しまないと損だぞ。

 キュウビも事情を説明すれば免罪されるかもしれないが、どうする?」


「私は自分がしたことから逃げるつもりはない、2・3日休んだら身支度を整えて地図の作成と他の種族の誘致のためこの村を発つつもりだ。

 私の過去がどうであれ、多くの人々の人生を狂わせたのは事実だからな。」


「そうか、わかったよ。」


キュウビは本当に驕っていただけなのかもしれないな、存在を知った時の印象が邪魔をしているが根は真面目で優しいのだろう。


「それより村長、私から一つお願いがあるのだが。」


「どうした?」


キュウビが俺に願いとは何だろうか、村の装備の質を見て自分の分も一式揃えてほしいとかだろうか。


もしそうだったら、あまり外には出したくない質だから皆と相談が必要になるな。


「メアリー殿と腰を据えて話がしてみたいのだ、どこかで時間を取れないだろうか。」


「なんだそんなことか、メアリーは俺の妻だし夜には家に帰ってるだろう。

 晩御飯を食べて風呂に入った後にでも俺の家へ来るといい、メアリーには伝えておくから。」


「心遣い感謝する、では今日の晩にでもそうさせてもらう。

 クズノハ、それまではもう少し思い出話に花を咲かせるとしようか……辛い内容ではなく楽しかった内容で。」


「うむ……うむ!」


悲しい過去と勘違いを長年抱えた2人は、包み隠さず言い合ったことで打ち解けることが出来たらしい、良かったな。


さて、俺も散歩が終わってメアリーが帰ったらキュウビの頼み事を伝えておこう。


話したい内容ってなんだろうな、後で教えてもらうことにするか。

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