第85話 俺とメアリーの子どもが無事産まれた。
メアリーが産気づいたかもしれないということで、急遽俺の家へメアリーを運び込む。
「メアリーさんを運んでくれてありがとね、でもここから男衆は邪魔だから出てった出てった!
生まれるかもしれないから桶に産湯を用意しておいてくれると助かるから、よろしくね!
村長もここは悪いけど女の闘いだからね、悪いけど外で待ってておくれ。」
そう言われて外へ出る、確かに今俺がメアリーにしてあげれることはないからな。
不安なら傍に居てやりたいとか、出産に立ち会いたいとかはあるだろうが……そういう余裕があるのは前の世界のように医療技術が発達しているからだ。
この世界のように自分たちの力と知恵だけで出産をするなら、適任者のみのほうがいいだろう。
少し残念だが仕方ないと思い、メアリーを運んでくれた人たちと一緒に産湯の準備をしに行くことに。
「私の子どもが生まれた時は、産湯の他に体を拭くものがあれば助かったのを覚えています、ケンタウロス族のところへ行ってもらってきますね。」
「確かにそうだな、頼んだよ。」
そう言ってウェアウルフ族はケンタウロス族の居住区へ向かっていった、俺はもう1人のウェアウルフ族と一緒にドワーフ族のところへ産湯を準備してもらいにいく。
……でも今準備しても冷めてダメなことにならないかな?
「村長、お風呂で待機しておけばすぐに持っていけるのでは?」
確かに、あそこならすっと汲んで持っていけばすぐだからな。
もらった意見をそのままちょうだいして桶を持ってお風呂へ向かう、ここからなら多分呼ぶ声も聞こえるだろう。
鍛錬で汗を流しに来た人たちを横目に、入り口で2人桶を持って呼ばれるのを待つことにする。
メアリーが家に運ばれて、俺たちがお風呂の前で桶を持ってたたずんで2時間くらい経過しただろうか。
タオルを取りに行ってくれたウェアウルフ族もこちらに合流し、3人でたたずんでいる。
「今日はもう産まれないのかな?」
ぽつりとつぶやく、何も出来ないままずっとここにいるから余計長く感じるんだよな。
「いえいえ、お産は個人差や状況によって時間はかなり変わるのでわからないですよ。
私の時は1時間くらいで産まれましたが、他の一族のお産は半日近くかかったこともあるので。」
そんなにかかることもあるのか、それなら呼ばれるまではちゃんと待ったほうがいいよな。
それからさらに1時間ほどが経ったころに「産まれたよー!」という助産師をしてくれた人の声が響き渡った。
よかった、無事に産まれてくれたか!
もうすぐメアリーと子どもに会えるぞ、という思いを胸に産湯を注いだ桶を持って家まで走った。
「産まれたか!」
俺は家の玄関を開けて開口一番に思わず叫んでしまう、「静かに、メアリーさんが安心して眠ってしまってるのよ。」と少し怒られてしまった。
俺は助産師に産湯とタオルを渡し赤ちゃんを拭いてもらう、よしよし……ちゃんと泣き声もあげているな。
母子ともに無事でよかったよ、本当に一安心だ。
助産師が赤ちゃんを洗い終わり、「男の子ですよ、抱っこしてあげてください。」と赤ちゃんを俺に差し出す……緊張するな。
俺がメアリーの傍で抱きあげると、赤ちゃんはキャッキャと笑いながら俺たちの頬をつまんで笑い出した。
産まれたばかりなのに親だと分かるのだろうか、他の人には見せなかった笑顔に思わず嬉し涙が出てしまう。
「あ、開様……私頑張りましたよ。」
赤ちゃんに起こされたのか、メアリーがうっすらと目を開けて話しかけてきた。
「ゆっくり休んでくれ、効くかどうかわからないが後でポーションを持ってくるから。
それより本当に良く頑張ったな、俺たちの子が元気に産まれたぞ。」
俺がそう言うと「褒めてくれて嬉しいです……。」と小声で囁いてすぐにメアリーは再び眠った、本当に2人とも元気でよかったよ。
「みんな、俺たちの出産のために力を貸してくれてありがとう。
俺一人じゃ何も出来なかったから……。」
「何言ってるんですか、私たちは村長に数えきれないくらい助けられてるんですから、これくらいなんてことないですよ。
それに助産師と名乗ってる以上、これは村で私たちが請け負ってる仕事なんですから!」
俺は本当にこの世界で人との出会いに恵まれているな、人との繋がりが疎遠になりつつある前の世界では想像できない感情が込み上げてくる。
だが今日から改めて俺は一児の父だ、行動や言動なんか色々気を付けていかないとな。
特に家を空けっぱなしにして遠征に行くのは遠慮させてもらおう、メアリーだけに負担をかけるわけにはいかない。
「村長、赤ちゃんが無事産まれたと聞いて飛んできたわ……おめでとう。」
「めでたいことだ、今日は宴会でもどうかな?」
オスカーとグレーテが出産のお祝いに来てくれた、メアリーの調子がよくなったら宴会をしようと思うよ。
「それより、ここへ来る途中魔族領の使者が居たから話を聞いたのだけど……また近々魔族領の会議に出席してほしいらしいわ。」
「今回は急いだ用事じゃなければ断るかもしれないな……子どもも産まれたしメアリーに負担をかけるわけにもいかないから。」
俺がそう言うと、周りの皆が何を言ってるんだろうというような顔をして俺を見てくる。
ん、何か変なことを言っただろうか?
「誰かが働くのは家庭にとって当然の事でしょう?
妻であるメアリーさんは負担にならないはずですし、他の周りの住民も助け合うんですから安心して仕事をしてくださっていいですよ?」
助産師さんからそう言われてハッとする、まだ前の世界の当たり前が抜けてないんだと自覚させられた。
ここには託児所や保育園のような施設はない、だからと言って夫婦で仕事をせずに子どもの面倒を見たっていつか苦しくなるはずなんだ。
特に俺はこの村の責任者、個人の理由で唯一の外部の繋がりである魔族領との関係をないがしろにするわけにはいかない……今は冒険者や商人だってこの村に来ているのだから。
それに今後は石油の取り扱いに関する技術者や教会のことだって話を詰めなきゃいけないし。
「すまん、また助けられることになるが頼んでいいか?
それと今度の会議には出席すると機会があれば伝えてくれ、俺も使者と会ったら伝えておくから。」
「わかりました、周りとの助け合いなんて当然の事なんですから気にしないでくださいね。
村長は時間のある時に目いっぱい赤ちゃんを可愛がってあげてください、仕事をされてる間の面倒は私たちにお任せを!」
すまん、恩に着るよ。
「それはそれとして、赤ちゃんの名前は村長とメアリーさんで付けてくださいね?」
それはもちろんするよ、さすがにそこまで他人に任せるわけにはいかないし、任せたくないのもある。
親として子どもにしてやれる最初の事だからな、夫婦でしっかり考えて名前を付けるぞ。
「さて、私たちはこれで。
また何か困ったことがあれば呼んでください、すぐに駆け付けますので。」
そう言って俺とメアリー以外の皆は帰っていった、メアリーが寝ているベッドの横にロッキングチェアを持ってきて、赤ちゃんを抱いたまま座る。
「本当に俺の子なんだな……。」
父になった実感を嚙みしめ、メアリーが目を覚ますのを待つことにする……赤ちゃんもスヤスヤと寝息を立てて眠ってしまった。
無理に起こすことはない、頑張ってくれたんだからゆっくり休んでもらってそれから名前を考えよう。
頑張っていい名前をつけてやるからな、楽しみにしててくれよ。
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