バスに乗り込む僕の後ろを見送るように、ネロはバス停で後ろ手を組んだ状態でその場から動こうとしない。


「乗らないの?」


 ネロはここへはバスで来たんじゃないのかもしれない。


「うん」


 困ったように彼は笑う。


「じゃあ、またね」


 手を振る僕にネロは首を横に振った。


「もう来ちゃ駄目だよ」


「え……」


「君は、もうすぐ、目覚める」


 そう言ってネロは一度言葉を区切り、再び口を開く。


「現実の世界に帰るんだ」


「え……」


 僕の中に唐突に疑問が浮かぶ。

 僕はどこの誰で、さっき名乗ろうとしていた自分の名前は……何だったか……


「君が何も思い出せなくなっているのなら、きっと間違い無いよ……君は、戻れる」


 ふと表情を消えたネロの表情が寂しそうで、僕は思わず手を差し伸べた。


「ネロも行こうよ!」


 ネロは首を横に振る。


「行けないんだ……そのバスに乗れるのは、ユニコーンが認めた人だけだから」


「ネロ……」


 差し出した手が、指先が震える。


「でも、僕もそろそろ迎えが来るから」


 そう言って笑うネロの顔は明るくて。

 僕は思わず口にした。


「幸せな、ところ?」


「そう、幸せなところ」


 ────お姫様と同じ場所ところ


「ネロ……」


「もう行くんだ」


 ネロがそう言うと、バスのドアが閉じた。


「ネロ!」


 僕は窓に駆け寄り、身を乗り出して彼の名を叫んだ。

 

 ネロは眩しそうに目を細め、手を振った。


「僕の事、忘れないで」


 その言葉を僕の胸に残して。


 ◇


 白い世界に目覚めれば、色々な情報が頭に流れ込んでくるような……。

 今まで自分がいた世界は、きっと僕が作って住んでいた、僕だけの世界だったんだ。


 今までの世界では曖昧だった温もりを手に感じて、そちらに目を向ければ、両親が目に涙を浮かべて僕を見ていた。


 僕も泣いた。


 何に泣いたんだろう。

 この世界に、生まれてきた事に、また目覚めた奇跡に。

 そして────


 ネロ。


 君はまだここにいるのかな。

 約束を覚えているかい?

 もう一度会えたら、今度こそ僕たちは友達だ。

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僕と君との探検物語 藍生蕗 @aoiro_sola

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