80. マナポーター、冒険者ギルドで信じられない噂を耳にする!

 ペンデュラム砦の戦いは、人間サイドの勝利に終わった。

アランとイフリータという二体の指揮官を失ったモンスターたちは、散り散りになって一目散に逃げ出したのだ。


「リリアン様に、イシュア様――あなたたちが居なかったら、今頃ペンデュラム砦は落ちていたでしょう。本当になんと感謝すれば――」



「砦が落ちていたら、この近辺の街は全滅していたでしょう。あなたたちは本当に、人類にとっての英雄だ」


 ペンデュラム砦で、イルマは深々と僕たちに頭を下げていた。


「大げさですって。でも、助けが間に合って本当に良かったです」



「勇者として当然のことをしただけなの!」


 リリアンが、誇らしそうにそう答える。

 実際、ペンデュラム砦の戦いで残したリリアンの功績は大きい。


 決して倒せないと思われていた四天王の一角であるイフリータを倒したことで、騎士団員たちの士気も大きく上がったのだ。




「それで、もう行ってしまわれるのですか?」


「はい。あくまでペンデュラム砦には、依頼で来ただけなので」


 名残惜しそうに引き止められつつ、僕はハッキリとそう答える。


 ペンデュラム砦で戦っていた冒険者たちは、戦いの行方が明らかになり、それぞれの街に帰っていった。一応、冒険者たちの代表として訪れた僕たちは、最後までペンデュラム砦に残っていたが、そろそろ騎士団員たちだけでも対応できる見込みとなったのだ。



 旅立とうとする中、医務室では、


「聖女様、行かれてしまうのですか?」

「はい。まだ勇者パーティでやるべきことがあるんです」


「聖女様っ! どうか我々を、このままお導き下さい――!」

「た、助けてください先輩~!?」


 名残惜しそうな騎士団員たちに、アリアがもみくちゃにされていた。

戦いの中、献身的に怪我人を介護してきた優しいアリアは、すっかり騎士団員たちの間で人気者になっていたのだ。



「こらこら、無茶言ってはいけないよ。勇者様に聖女様――この方たちには、まだまだやるべきことがあるんだから」


 未練がない訳ではないのだろう。

それでも最後には、そう僕たちを快く見送ってくれた。


「またこの辺にクエストで訪れることがあれば、是非ともお立ち寄り下さい。何かあれば、我々が必ずや、イシュアさんたちの力になりましょうぞ」

「ありがとうございます」


 イルマさんたちに見送られ、僕たちはペンデュラム砦を後にする。

向かう先は、ノービッシュの街だ。




◆◇◆◇◆


 ノービッシュの街に戻ると、街の中では、ある噂でもちきりだった。


 ペンデュラム砦の戦いで、勇者リリアンのパーティが、ついに四天王の一人であるイフリータを討伐することに成功したらしいという噂。



(今更、報告の必要はないかもしれないね⁉)


 街の中は、すっかりお祭り騒ぎだった。

 先にノービッシュの街に戻った冒険者たちにより、情報がもたらされたのだろう。



「やっぱりイシュアさんたちが、やってくれたぞ‼」


「英雄様のお帰りだ!」


「さあさあ、ギルマスも、首を長くして報告を待っています!」



 冒険者たちが、僕たちを受付嬢のもとに案内する。




「よくぞ、よくぞご無事で!」


「じょ、情報が出回るの早いですね?」


「軒並み冒険者が向かってしまいましたしね。それだけ注目されていたんですよ」


 モンスターと人間の間で、小競り合いはこれまでも発生していた。

 それでも今回の戦いのように、本格的にモンスターの侵攻があったのは久々で、危機感と注目度はこれまでの比ではなかったらしい。

 そんな中もたらされた朗報は、どれだけ人々に勇気を与えたことか。



「良かったね、リリアン。英雄だよ」


「これもイシュアがパーティに入ってくれたおかげなの!」


 仲間を称える声に喜んでいると、




「いやいや、何を他人事みたいな顔をしてるんですか?」


 受付嬢が苦笑いで、何やら紙を僕の方に渡してきた。



「ええっと……、新生・勇者――イシュアの凱旋パレードについて……って、えぇぇ⁉」


 何かの間違いだろうと思ったが、受付嬢は、にこやかな笑みを崩さない。

 それどころか集まっていた冒険者たちも、


「イシュアさんのパレード、楽しみだなあ!」


「三日前から並ぶ覚悟は決めた!」


「とんでもないことになったなあ~!」



 などとテンション高く囃し立てる。


(勇者って、国王陛下が直々に任命するものだよね?)

(さ、流石に勇者の名を騙るのは、洒落にならないって⁉)



 あり得ない情報が、何故か広まっている。

 どうしてこんなことになったのだろうと、慌てる僕だったが、


「こちらが、国王陛下からの招待状です。先日、国王陛下の使いの者がやってきて、残していったんですよ」


 追い打ちをかけるように、受付嬢はそんなことを言い出した。

 当ギルドから新たな勇者が選ばれるなんて、と受付嬢はどこか誇らしげだ。


(えぇぇぇ⁉)



 冗談じゃなくて、本気なの?

 僕は、ただのしがないマナポーターに過ぎないのに。


「……まじ、ですか?」

「大まじです」


 僕は、目が点になってしまう。



「えへへ、先輩。おめでとうございます」

「……アリアもパレード、一緒にどう?」


「私は、先輩の勇姿を特等席で見守りたいと思います!」


 凱旋パーティとか、正直、勘弁して欲しいんだけど。

 そしてアリアは、ちょっと面白がってるね⁉



「なにを言ってるんですか! あなたたちのパーティは、全員が英雄です――是非とも皆さんに参加して頂きたく!」


「……まじ、ですか?」

「大まじです」


 続く受付嬢の言葉に、アリアが笑みを浮かべたまま凍りついた。



「イシュアが、勇者。えへへ、イシュアも勇者なの!」


 嬉しそうにニコニコしているリリアンには悪いが……、



(流石にこれは、止めてもらおう!)


 そう決意しながら、僕は国王陛下との謁見に臨むことになる。

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