77. リリアン、四天王イフリータを討伐する(2)

 リリアンにとって、幻想世界は心地よい空間だった。

 自らの望みを叶えるために生み出す空間――勇者としての固有スキルを、リリアンはただ自分の願いが叶う不可思議な現象と認識していた。

 ……少なくとも、いままではそれで困ることもなかったのだ。



「だけど、そうじゃない。すべての魔法には原理があるの」


 思い出したのは敬愛するマナポーターの少年、イシュアの姿だ。


 彼が最初にやろうとしたことは、魔術式の解析だった。

 術式を理解して、魔法発動に必要な魔力を供給する――ただそれだけのために。

 マナポーターとしての在り処がそれをさせたのだ。


 リリアンは、その姿に衝撃を受けた。

 理解しようとも思わなかった己の固有魔法。



(魔力の肩代わりなんてされたら――)

(たとえイシュアが望んでいたとしても、私の立つ瀬がないの……)


 それは自らが理解できていない術式を、マナポーターの少年が完全に理解してしまったということに他ならないから。



 だからリリアンは、己の固有魔法と向きあうことを選んだのだ。

 そうしてたどり着いたのは、固有魔法の新たな使い方。


 幻想世界の本質は、世界の書き換えだ。

 例えるなら今までは、どのような結果になるかは魔法にお任せしていた未完成の状態。

 相手を見て、生み出す環境を柔軟に変化させる――それこそが幻想世界の真の姿のはずなのに。



 あるとき、唐突に足場が姿を消す。

 代わりに現れるのは、すべて飲み込まんばかりの濁流。

 轟音とともにすべてを飲み込もうとする濁流は、炎を司るイフリータにとっては天敵に他ならない。



「リリアン、貴様……! いったい、何をした!?」

「進化してるのは、あなただけじゃないの!」


 相手に合わせて発動させる魔法を変えること。

 言ってみれば、リリアンがやったのはそれだけの行為だ。

 リリアンはただ目の前の敵を倒すために、この空間を自らの意思で再定義したのだ。


 その考え方は、ある意味、もっとも基礎に近い行為だと言えるかもしれない。

 ――もっとも、それを幻想世界という固有魔法で行う複雑さは推して知るべきではあるが。




 リリアンとディアナを、淡い光の膜が包み込んだ。

 水流に飲み込まれていく姿を見下ろすように二人は浮遊し、イフリータを見下ろす。


「こんな空間! 我が少し本気を出せば――!」


 見上げるイフリータが吠えるが、


「もう終わりなの!」


 リリアンは、手を振り下ろす。

 その合図に従うように魔力を帯びた水流が、まるで意思を持つかのようにイフリータに踊りかかった。



 イフリータは、これでも魔王軍の右腕として恐れられてきたモンスターだ。


「小癪な……!」


 吠えるようにイフリータは気合を入れると、己を鼓舞するように炎のマナをかき集めた。

 自らに襲いかかる水の壁を打ち破り、今度こそ憎き勇者を討とうと闘志を燃やす。



 リリアンの操る水流は、イフリータに食らいつき――次の瞬間、あっさりと蒸発した。


「な……!?」

「驚かせやがって。だが――最終的に勝つのは我だ……!」


 呆けたように驚愕の表情を滲ませるリリアンだったが、



「リリアン、私だって戦える! いつものように――できるよな?」

「やってみるの!」


 そんな状況で届いたのは、リリアンをよく知るディアナの声だ。

 迷いは一瞬。迷いなくリリアンはうなずく。


 リリアンは送る――祈りを……、否、眼前の敵を討ち滅ぼすために生み出すための緻密な計算に基づくものか。

 果たして生まれたのは、この空間でのみ存在できる至高の一振りであった。


 ディアナが手に取った剣は、波打つように淡く蒼色に輝いていた。

 今までの幻想的に輝く七色の剣とは似つかわしくない、ずしりと重たい実体を持つ冷たく輝く剣だ。

 しかしリリアンもディアナも疑問には思わない。それこそがイフリータを討ち滅ぼすための唯一の道具だと確信していたからだ。




「また貴様か! どけ、貴様との決着はもう着いて――」

「決着は着いた? 馬鹿も休み休みに言え。さっきまでの私たちと同じだとは思わぬことだな」


 そう口にして、ディアナは剣を構えた。



 リリアンの操る水流と、ディアナの剣閃。

 それらはまるで一つの意思を持つかのように連動し、イフリータを着実に追い詰めていく。




 魔法による支援と攻撃を担うリリアンと、接近戦に特化したディアナ。

 徹底的に相手の強さを封じ、こちらの戦い方を押し付ける総力戦――強敵と相まみえることで完成した、勇者リリアンの本当の戦い方なのだろうか。




「ぐはっ。こんな戦い方をするやつは、見たことが――」

「私だけじゃたどり着けなかったの。これはイシュアが見せてくれた景色の、きっと最初のステップなの」


 これが最終形だとはリリアンは思っていない。

 その先があると信じ、探究を続けること――それがきっと、あの人のパーティリーダーに相応しい行いだと思ったのだ。



 ついにディアナが、イフリータに肉薄した。

 彼女が振るった一撃は、拍子抜けするほど呆気なくイフリータを切り裂いた。


「見事っ――」


 そんな一言とともに、イフリータは消えていく。


 四天王でありなら、イフリータというモンスターは生粋の戦闘狂であった。

 緻密に練られた計画よりも、ただ強敵との戦いのみを望む――こうして訪れたリベンジマッチの果てに倒されるというのなら、それもまた本望だったのかもしれない。




 消えていく宿敵を見届け、リリアンはそっと魔法を解除した。

 当然、魔力消費は膨大なもので――


「大丈夫か、リリアン」

「後はイシュアの戦いに決着が付くのを待つの……!」


 一つの壁を超えたリリアンは、どこか朗らかな笑みで。

 ――イシュアとアランの戦いに目を向けるのだった。

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