72.マナポーター、サルファー砦の全騎士にマナチャージしてしまう!

 サルファー砦で僕たちを迎えた騎士は、冒険者の姿を見て明らかにほっとした表情を浮かべた。


「イナーヤ隊長が、冒険者に荷運びを押し付けたと聞いて。急な要請に関わらず来ていただいた方にそんな仕打ち」

「怒って協力して頂けないのではないかと不安でした――来てくださって良かったです」


「荷運びだって、とても重要な役割です。ところでイナーヤ隊長はどこに?」

「イナーヤ隊長なら……」


 騎士団員が嫌そうな顔で指さした先。

 そこにはイナーヤ隊長が苦虫を嚙み潰したよう顔で、こちらを見ていた。



「なんでも我々の度々の静止を聞き入れないだけでなく、モンスター相手に無茶な突撃を繰り返したそうで」

「まったく手も足も出でずに、敗走したそうで――」

「せっかくの隊列が滅茶苦茶になったと、すでに戦っていた部隊は随分と怒っていましたよ……」


「そ、そんなことがあったんですね……」


 僕は絶句した。

 せめてこの地で戦っている者の、作戦を聞くべきだろう。


 イナーヤ隊が冒険者に良くない感情を持っていたのは知っている。

 それでもサルファー砦に到着すれば、さすがに冷静な行動を取るだろうと思っていたが、どうも考えが甘かったようだ。



「おい、我々は失敗したわけではない! 次こそは――!」


「おもらし隊長は、もう黙っててください!!」

「そうです! イナーヤ隊長に付いていったら、命がいくつあっても足りません」

「部下の命を何だと思ってるんですか!!」


 何かをイナーヤ隊長が言いかけたが、そんな罵倒の声が飛んだ。



「ええっと。それで――僕たちは何をすれば良いですか?」

「まずは砦に荷物を運び入れてください。特に戦闘が続いている人の疲弊が激しくて――怪我人も多く、マナ不足も深刻なんです」


 頭を抱えたまま僕たちを迎えた騎士がそういった。


「怪我人の治療とマナ支援は僕たちに任せて貰えるかな?」

「は――!? いったい、何を!?」


「届いたアイテムは、モンスターと戦ってる場所で使うべきだと思うんだ。わざわざ砦に戻ってきたのに使うのは勿体ないよね?」


 僕は騎士団員に、まずは魔法でサルファー砦の怪我人を治療する許可を貰う。



「アリア? そこまで大きな砦ではなさそうだし、回復魔法は届きそう?」

「任せてください! 先輩さえ居れば、この程度の範囲なら楽勝です!」


 我らが聖女様は、今日も心強い。

 アリアは歌うように詠唱をはじめ、空中に魔法陣を描き出した。



「な、何をなさっているんですか!?」

「アリアは凄腕の聖女だからね。この程度の範囲なら、簡単に回復魔法が届くんだよ」


 僕はアリアの描いた魔法陣にマナを通していった。

 効果を解析する限り、かなり効果も高く設定してある魔法のようだ。

 これなら骨がいかれていたりしても、どうにか治す事ができるだろう。



「先輩! どうですか!? 今回のアプローチは、すでに方法が確立されている単体回復魔法にエンチャントして、無理やり範囲を広げる手法を取ってみました!」

「やっぱりアリアは天才だよね。すごい効率的な魔法陣だったと思うよ?」


 サルファー砦を覆うように、きらきらっと輝く光が覆ったことだろう。

 瞬く間に回復魔法が疲弊した騎士団員に染みわたっていく。



「け、怪我が瞬く間になおっていく……!?」

「それどころか体が軽くなっていくような――!」


「どうせ必要になるだろうと、支援魔法も同時にかけてみました。どうですか?」


「これが聖女様のお力なんですね――まさに奇跡です!」

「おまけに古傷の痛みもなくなりました!」

「いったいどれほどの修練を収めれば、これほどの領域に至れるのですか!?」


 医務室が傍にあったのだろう。

 騎士たちが続々と現れ、こちらに向かってきた。

 そして術の発動者がアリアであることを悟ると、まるで拝むようにアリアに向かって跪く。



「さてと。僕も自分の役割を果たさないとね――『オール・エリア・マナチャージ』!」


 マナリンク・フィールドを張って、マナの回復速度を高めるという戦法を取ることも考えられた。

 しかし高濃度のマナは、慣れていない人にはつらい空間だ。

 だから範囲内に居る人に、無差別にマナをチャージしていった方が良いと今回は判断した。



 さすがにこれほどの範囲にいる人間を、全員ターゲットにマナを注ぐのは大変な作業ではあった。

 それでも、ただマナを注ぐだけであれば、やってやれないことはない。


「は――!? いったい何が!?」

「サルファー砦に居た騎士に、マナをチャージしました」


 さすがにこれほどまでの人数を相手にしたのは始めてだ。

 それでも過剰にマナを注いでしまうこともなく、うまくやれたと思う。



 サルファー砦に沈黙が訪れた。

 思えば許可を取ったとはいえ、好き勝手なことをしてしまったかもしれない。

 マナの最適化だってかけられていないし、もしかすると力を貸すどころか足を引っ張ってしまったかも――


「あの――すいません。僕、なにかやらかしましたかね?」

「イシュアさん。いや、イシュア様――!? 失礼ですが、今は冒険者ですよね?」


「は、はい……」


「是非ともサルファー砦に勤めませんか!!?」

「部隊長の地位を約束します!」

「報酬も言い分で良いです。お願いします、どうか我が砦に――!」



「ダメなの!」


 何故か、その辺に熱烈な勧誘合戦が繰り広げられようとしていた。

 その矢先、リリアンがびっくりするような大声で、僕の腕を掴んでそう言った。


「イシュアは、私たちのパーティなの! 絶対に渡さないの~!」

「そうです。僕は冒険者なので、騎士にはなれません」


 さすがに冗談だろう。

 「騎士」という立ち位置に、誇りを持っている人は大勢居る。

 それでもある程度、実力は認めて貰うことはできたのかなと、僕は内心でため息をつくのだった。

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