66.【SIDE:勇者】勇者、四天王の誘いにあっさり乗る

 俺――アランは、何処とも知れぬ細道の中を彷徨っていた。

 木の枝が自身を傷つけるのも気にせず、人の居ない林道を身を隠しながら必死に走っていた。


「くそっ。勇者である俺が、指名手配犯だと!?」


 立ち寄った近くの街で、自警団に合うなり大騒ぎになったのだ。

 大声で「おまえは!」などと叫ばれ、あっという間に目を取り囲まれた。

 どうにか逃げおおせたが、すぐにでも賞金首ハンターの耳にも入るだろう。


 さらにこの身には、多額の懸賞金がかけられているそうだ。

 国王直々に、討伐隊が放たれたとなんて情報も耳に飛び込んでくる。



「くっ撒いたか」


 ゼェ、ハアと息を切らす。

 今の俺は、無様に逃げ回るしかないのだ。




◆◇◆◇◆


「くそっ、イシュアめ。すべてあいつが悪いんだ!」

 

 俺は憎き相手への憎悪を口にする。


 実のところイシュアは、アランの良きパーティメンバーであっただけだ。

 それでも彼の中では、自分がここまで落ちぶれたのはイシュアのせいだということになっている。


 とぼとぼと歩いていると、目の前に見慣れないモンスターが現れた。

 透き通るような体を持った、美しい女性型のモンスターである。

 ただ者ではない――見た目に反して恐るべき威圧感を放っている。



『聖剣エクスカリバー』


 俺は警戒心を露わに、自慢の獲物を構える。

 今なら使える魔力に限界があることは痛いほど分かるが、それでもこのスキルは俺にとっての切り札だ。


「私はウンディネ。魔王直属の四天王です」

「魔王直属の四天王だと?」


(モンスターが喋る……だと?)

(それに四天王――なんで、そんなモンスターがここに居る!?)


 あまりに予想外の事態。

 俺は思わずウンディネと名乗ったモンスターを凝視してしまう。



「――光栄だな。そんな大物が、直々に俺を殺しに来たのか?」

「まさか? その逆ですよ」


 そう言ってウンディネは、妖艶に微笑んだ。

 戦闘態勢に入っていた俺は、思わず手を下ろしてしまう。


 頭の中では警鐘が鳴り響いていた。

 それでも思わず見入ってしまうような、見る者の心を奪っていくような不思議な笑みだった。


「逆、だと?」

「ええ。……スタンピードは、とても役に立ったでしょう?」


「ま、まさか。あの時の騒動はおまえが――」

「ええ、その通りです」


 敵ではないとアピールするように、ウンディネは朗らかな笑みを浮かべる。

 アメディアの街に向かう際に発生したスタンピードは、魔王直属の四天王の差し金だったと言う。



「ねえ、復讐したくない?」

「復讐……だと?」


「あなたをここまで陥れた張本人――イシュアって人間に、目にものを見せてやりたくないかと聞いてるんです」


 何故、魔王軍がイシュアの存在を察知しているのか。

 どうして俺がイシュアを憎んでいることを知っていたのか。

 疑問は尽きない。


 それでもその言葉を聞いた瞬間、俺の心はどす黒く塗りつぶされた。



「イシュアに復讐する機会があるのか?」

「ええ。私たちにとって最大の脅威よ。必ずぶつかります――私たちに付いて来れば、最高の舞台を用意してあげますよ?」


 勇者でありながら魔王軍に渡ること。

 それは許されないことだろうが、もう知ったことではない。

 アランの心には、もはやひとかけらの良心も残っていなかったのだ。




「ふふっ。スタンピードに立ち向かうどころか、逆に守るべき人間に襲い掛かる。すべては自分自身のためだけ――これっぽっちも信用することは、出来ませんね」

「ふん、何とでも言え。俺はイシュアの野郎に目にもの見せてやれれば、それで構わん」


「……それで良いわ。利害関係が一致している間だけは、下手なモンスターよりも信じられるもの」


 その様子を見て、ウンディネは満足気に頷いた。



「……俺はどうすれば良い?」

「まずは魔王様に会っていただきます。ちょうど進行中の作戦があります――あなたには早速、その作戦に加わって貰おうと思います」


 そう言ってウンディネは歩き出した。

 モンスターのみが足を踏み入れることができる魔界へと。

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