64.リリアン、パーティとして大切なことに気付く

「みー。それはこっちのセリフ」

「単独でボスに挑もうなんて、何を考えてるッスか!」


 これ以上は、リリアンの奇行を見逃すことは出来ない。

 思わず飛び出したディアナたちを、リリアンは驚いた顔で見つめるのだった。


「リリアン、本当にどうしたんだ?」


 不味いところを見られたと、どこか焦りを隠し切れないリリアン。

 ピリッと緊張に空気が張り詰める。


 そもそもリリアンが、3人がかりの尾行に気が付かないというのも変な話だ。

 ディアナが心配そうに声をかけると、



「私、名前だけの勇者だよね」


 リリアンが武器を下ろし、ぽつりとそう言った。

 ひとまずボス部屋に挑む気は無くなったらしいが、その言葉は見過ごせない。



「リリアンが名前だけの勇者? そんな筈がないだろう!」

「でも、このパーティの肝は、間違いなくイシュアなの。私はあの人のリーダーとして相応しいの?」


 活躍がどんどん広がり有名になっていくイシュア。

 そのパーティリーダーとして自分が相応しいか、リリアンは気にしてしまっているようだった。



「リリアンがそんな悩みをねえ……」


 ディアナは驚きを隠せなかった。

 目的のために一直線に努力を重ねてきたリリアンは、人からどう見られるかにはとことん無頓着だったのだ。

 ほんとうにイシュアと出会ってから、すっかり人が変わってしまったようだ。


「リリアンには、リリアンにしか出来ない事がある。リリアンは勇者に相応しいって、イシュアさんだって認めてるだろう?」

「そうだけど……」


「リリアンは、イシュア様に付いていけないって思われることを恐れてるッスか?」


 息を吞むリリアン。


 反応で分かる。

 ミーティアの言葉は図星だったのだろう。


「それなら――イシュア様を舐めないで欲しいッスね」

「……ミーティア?」


「だって……あのアランのことでも、最後のときまでイシュア様は見捨てなかったッスよ? だいたいイシュア様を見てれば分かるッス――今だって心から、リリアンのことを尊敬してるッスよ」


 ウチだってリリアンがリーダーに相応しくないとは思わない、とミーティアは続ける。



「みー。それならイシュアも、同じようなことを悩んでるかもしれない。魔力支援しか出来ない自分が、あの勇者リリアンのパーティに入って良いのかって」

「イシュアが? そんなことある訳が……」


「リリアン、マナポーターというジョブへの風当たりは強いんだ。勇者パーティに参加してるのは珍しいんだよ」

「そんなの関係ないの!」


 ディアナが口にした言葉を、否定するようにリリアンが叫ぶ。


「ああ、関係ない」


「そんな馬鹿らしい意見を、イシュア様は実力で黙らせてきたッスからね」

「みー、その通り。でもそんなイシュア様だからこそ、マナポーターとしてやれることは何でもやるようになった」


 やれることは、なんでもやる。

 リリアンの脳裏に、災厄の竜と戦った時のイシュアの姿が蘇る。


「え、時空を歪めて瞬間移動することは、マナポーターがやれることなの?」

「……あれは例外で」


 マナポーターという概念に一石を投じかねない指摘を受けて、リディルは苦笑した。



「でも――アリアが言うには、あの人は自分で魔法を身につけようとはしなかった。どうしてだと思う?」

「魔法を使えないから、マナポーターになったんじゃないの?」


「それは違うッスよ。適正の差はあっても、どんな人でも最低ランクの魔法ぐらいなら使えるようになるッス」

「なら、どうして?」


「みー、簡単なこと。『僕が魔法を覚えるより、得意な人が気持ち良く魔法を使える環境を作るために努力した方が、パーティ全体のためになるでしょ?』だってさ」


 リリアンは目を瞬いた。

 自分の活躍よりも、パーティのためをと思うイシュアの初心。

 それはマナポーターの基本的な心得ではあったが、冒険者は次第に忘れていってしまうような心がけ。


 人によっては、それを怠惰だと言うのかもしれない。

 魔法を習得することを放棄した愚かな判断だと。

 事実、アランは何も理解せぬまま追放を言い渡した。


 しかしイシュアは、今や規格外の存在として注目を一心に集め、パーティを支える大黒柱となっている。

 マナポーターとしての役割に特化してきたからこそ、今のイシュアがあるのだ。



「リリアン、私たちはパーティだ。――1人でボスを倒す必要なんてない」


 ディアナがリリアンに言い聞かせるように口にする。

 少なくともイシュアは、そうなろうとはしていないし、そうなることを求めてもいないと。



「パーティなんだから得意なことで補い合えば良い――その通りなの。少しだけ焦ってたの」


 リリアンは素直に頷いた。

 その様子にもう焦りは見られない。

 ディアナは密かに安堵するように、ため息を付いた。



「みー。というか私は、リリアンのユニークスキルが羨ましい」

「私のスキルが?」


「みー。絶対にパーティに必要なスキルだよ――勇者ってジョブ、ずるい」

「え? 賢者だって、重要なジョブだよね?」


「あれだけ研究したはずの魔法理論が、イシュア様の手によって一瞬で崩れ去った話。する?」

「――なんか、ごめんなさいなの」


 ボス部屋の前に、和やかな空気が戻ってくる。



「せっかくここまで来たんだし、ボスも倒してから戻ろうか?」


「そうしよう。だいたい悩みなんて、モンスターを斬ってれば消えるもんさ」

「賛成ッス。ディアナはよく分かってるッスね!」

「みー、その意気投合の仕方はどうなの……?」


 そして、まるで散歩に行こうとでも言うような気軽さで。

 リリアンたちはダンジョンのボス部屋に向かうのだった。

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