62.マナポーター、ノービッシュの街で休日をアリアと楽しむ

 スタンピードの調査を終えた翌日。

 この日はクエストを受けない「フリーの日」となった。


 パーティメンバーだからと言って、常に一緒に居ては息が詰まってしまう。

 まして僕たちは、結成したてのパーティだ。


 もちろんパーティの仲を深めるのは大切だ。

 それでも、たまには離れて各々気ままに過ごすごとも大切だろう。

 そう思ったリリアンからの提案だった。



「今日は久々にゆっくりしようかな」


 街に来たばかりのときは、毎日のようにクエストを受けていた。

 そのまま流れるように、エルフの里やアメディア領へと飛び回っていたのだ。

 今日ぐらいは宿で魔法の理論書でも読みながら、ベッドの上でゴロゴロしてようと思った僕であったが、



「先輩先輩!」


 そんな僕の部屋に、アリアがひょこっとやって来た。


「今日は、何か予定はありますか?」

「いいや、久々の休みだしベッドの上でごろごろしてようかなって」


「先輩先輩、せっかくの休みに勿体ないですよ!」

「うぐ、そうだけどさ……」


 なんだか既視感があった。

 思い出すのは冒険者育成機関に通っていたときのこと。

 休息日にはときどきアリアがやって来て「せっかくの休みに1日中寝てるなんてもったいないです!」と遊びに誘って来てたっけ。



「付き合って欲しいところがあるんです。この後、一緒に街に出かけませんか?」


 今日のアリアは、冒険者の正装である聖女の装いではなかった。

 街娘が普段来着ているような少女らしい私服を着ていた。



「ちょっとだけ待ってて。すぐ準備する!」


 可愛い後輩のためだ。

 僕は、のそりとベッドから身を起こした。




◆◇◆◇◆


 そして数分後。

 僕とアリアは、ノービッシュの街に繰り出していた。


 ノービッシュの街は、冒険者が多いだけあって活気のある街だ。

 多くの行商人が行きかい「いらっしゃい!」と声を上げている。


「先輩、ご迷惑でしたか?」


 街を歩きながら、アリアが僕に不安そうに尋ねた。


「嫌なら断ってるよ。アリアの言うとおり、せっかくの休日にごろごろしてるだけなんて勿体ないよ」

「なら良かったです!」


 僕の言葉を聞いて、浮かない顔のアリアがばっと笑みを浮かべた。



「それで行きたい場所って?」

「はい! なんでも王都の方で流行ってる新発売のお菓子が、ノービッシュでも売られるらしくて! ――あれです!」


 アリアの指さした区画には、なにやら行列が出来ていた。


「え? あれ、お菓子目的の行列なの?」

「ふふん、先輩! 美味しいもののためなら、多少の苦労はいとわないって人は多いんですよ!」


 たしかに食べ物は数少ない娯楽だ。

 気圧された僕を引きずるように、アリアが新発売のお菓子を求めて行列に向かう。

 その瞳はキラキラと輝いていた。



 そうして行列に並ぶこと30分ほど。


「へい、いらっしゃい! どれにするんだい?」


 人の良さそうなおじさんが、僕たちに声をかけた。

 僕たちを迎えたのは、さまざまなコーティングがされた色とりどりのパンケーキ。

 さすがは王都で流行っているお菓子だ。

 視覚的にも、とても楽しい。



「運が良いね、お客さん! なんと今なら! セットで買えば恋人割が利いて大変お得だよ!」

「それはお得だけど――」


「それでお願いします!」


 僕とそういう風に見られても困るよね、とやんわり断ろうとした矢先。

 アリアがものすごく食い気味に、そう答えた。



「あ、その。先輩と恋人として見られたいとか、そういうのじゃなくて。えっと、えっと――ほら、お得ですし!」

「うん、分かってる。さすがアリア! クエストでどれほどの報酬を手にしても、油断せず抑えるべき場面では、しっかりと支出を抑える姿勢。僕も見習わないと!」


 僕の言葉に、アリアはがっくりとうなだれた。

 どうしたのだろう?



「まいどあり、今後ともごひいきに!」


 そんな僕たちの様子を、どこか生暖かい目で見てくる店主であった。




◆◇◆◇◆ 


 その後、僕たちは街の一角にあるフリースペースに向かう。

 どうせなら買ったパンケーキも、街の中で味わいたいのだ。


「美味しいです!」


 買ったお菓子を手に、幸せそうに微笑むアリア。

 ベンチに座ってお菓子をパクつく姿は、とても聖女のジョブを極めている少女には見えない。



「次、行きましょう!」

「ええ、まだ食べるの!?」


「ち・が・い・ま・す! でも今日は先輩と、色々な場所を回りたいと思ってたんですよ!」


 ニコニコ上機嫌に微笑むアリア。

 後輩は久々の休日に、随分と燃え上がっているようだった。


(ほかでもない可愛い後輩のためだもん)

(僕もとことん向き合おう!)


 その後、僕たちは街を巡り、久しぶりの休日を満喫した。



 街の一角でピエロが火を噴くのを見て、目を丸くしたり。

 武器屋で新たな装備品を見て回って、新たなアクセサリをついつい衝動買いしてしまったり。

 せっかくの休みなのに、掘り出し物のクエストが無いかギルドに足を運んでしまったのは、悲しき冒険者の習慣なのか。



「先輩、今日は楽しかったです。ありがとうございました!」

「僕もすごく楽しかったよ!」


 ほどほどのところで切り上げて宿に戻る。

 基本的に何をしていても良いフリーの日だが、翌日に疲れを残すのはご法度なのだ。



「先輩先輩! このまま飲んでいきませんか?」

「それは――またの機会ね?」


 ……基本的に何をしていても良いフリーの日だが、翌日に疲れを残すのはご法度なのだ。

 アリアは少し残念そうにしていたが、すぐに納得したようにうなずいた。

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