51.災厄の竜、復活してしまう!
最奥部に到着した僕たちは、黙って顔を見合わせる。
特段変わった場所は無いように見えた。
「……何もないね?」
「ありえないの――『サーチ!』」
リリアンが探知魔法を使う。
「何か分かった?」
「こっちに来てほしいの!」
そう言うとリリアンは、少し離れた壁に向かって歩き出す。
「この奥に隠し部屋がありそうなの」
「言われてみれば、闇のマナがこの奥に吸い込まれてるね。なるほど……」
なんの変哲もない壁に見えた。
しかし意識を集中させると、大量の魔法陣が組み合わさって隠蔽・固定化・遮断など、様々な魔法が重ねがけされているのが分かる。
「みんな、準備は良い?」
僕が確認すると、パーティメンバーはコクリと頷いた。
(さてと。何が出てくるかな?)
高度な魔法ではあるが、魔法の術式を長年学んできた僕の敵ではない。
僕は魔法陣を無力化していき―
「うっ――」
「これは……!?」
目の前に通路が現れた。
◆◇◆◇◆
僕たちを迎えたのは、むせかえらんばかりの闇のマナだった。
「『マナリンク・フィールド!』 ……みんな、大丈夫?」
「な、何とか…」
「アメディア領で集めた闇のマナは、ここに集まってたんですね。信じられない密度です」
「イシュアが居て良かったの!」
あまりに偏ったマナを持つ空間は、あっさりと人の体を蝕む。
瘴気と同じだ。
僕はパーティを覆うようにマナリンク・フィールドを展開し、過ごしやすい空間を作り出す。
「……進む?」
「『サーチライト!』 このメンバーなら、恐れるものは何もないの。ここまで来て戻れないの!」
一切の光すら通さない空間。
そのあまりの禍々しさに気圧されるメンバーを励ますように、リリアンが一歩を踏み出した。
そうして進むこと数分。
開けた空洞に出た僕たちは、ついに"それ"と出くわした。
見上げてもてっぺんが見えない巨大なドラゴンだった。
全身が腐り落ち、明らかな異臭を放っている。
流れ込む闇のマナを取り込み、腐れかけた肉体がごぼりと再生していた。
その足元では、妙な被り物をした人々が、ドラゴンにひざまずいていた。
人間が魔王の右腕などと呼ばれたドラゴンを崇める異様な光景。
「これが――災厄の竜。なんて禍々しい」
「想像以上です。こんなのが解き放たれたら、いったいどれほどの被害が出ることか……」
アリアがごくりとつばを飲み込んだ。
見たところ完全な復活はしていない。
それでも直感が告げる。
これは決して解き放ってはいけない代物であると。
「なんだ貴様らは!」
そんなことを話していると、ギョッとしたような視線が向けられた。
「私は勇者・リリアン。アメディア領の異常を調べて、ここにたどり着いたの!」
「勇者だと!? こんなところまで来やがったのか。ここを見られたからには生かしちゃおけねえ。侵入者だ、みんなやっちまえ!!」
その男がリーダーなのだろう。
男の叫びに答えるように、ひざまずいていた人々が立ち上がる。
焦点の定まらないゾンビのような顔。
ミーティアが目を見開き叫んだ。
「もしかして――カオス神導会!?」
「そこまで知られているのか。だが今から死ぬ貴様らには関係ない!」
襲いかかってきた人々を、ミーティアとディアナが次々と気絶させていく。
動きはまるで素人だった。
まるっきり戦いになっていなかった。
「ミーティア、カオス神導会ってのは?」
「魔王を崇めるやばい宗教ッスよ。人間は死ぬことでしか救われないっていう――まともに話を聞くと頭がおかしくなるっスよ!」
ミーティアは、憎々しげに目の前の男を睨みつけた。
「くそっ。なんでこのマナを浴びて、まともに動けるんだ!?」
「答える義理はないの。あなたに万が一の勝ち目はないの! さっさとアメディア領の魔法陣を解除して」
「いや……待てよ? 勇者リリアンとその一行。まさかイシュアって野郎か!?」
リリアンの隣に立つ僕を、男は警戒したように睨む。
「瘴気をものともせず、世界樹を守りやがったクソ野郎か!! クソッ。何だってそんな奴らがここに――!」
「さすがイシュア様っス。こんな人たちにも名前を知られてるッスね……」
「いや、全然嬉しくないんだけど……」
ミーティアいわく『やばい宗教』に目を付けられていたことを知り、僕は軽く泣きたくなった。
僕はただのマナポーターなのに。
「カオス神導会・白亜支部の代表として、ここは何がなんでも守りぬく。不完全なまま蘇らせるのは不本意だが仕方あるまい――復活せよ、災厄の竜!」
男はいつの間にか赤く輝く魔石を取り出し、握りこんだ。
次の瞬間――
「この辺一帯の闇のマナが、ドラゴンに吸い込まれてる!?」
「封印を解き放ったのさ! お望みどおり、アメディア領の魔法陣も解いてやったぞ。もうここはおしまいだけどな!!!」
ひっひっひっと男は愉しそうに笑う。
「そんなことをしたら、あなたもここで死ぬことになるのに?」
「それがどうした。私は災厄の竜に"救済"してもらうのだよ!!」
男は完全に理性を失っていた。
災厄の竜が、ギョロリと目を動かした。
生き物としての格の違い――見据えられただけで、背筋が凍りつきそうだ。
ランクは当然Sランク、否、ランク付けすることすら馬鹿らしい化け物だ。
「これが――災厄の竜……?」
「先輩。これは、やば過ぎますよ……」
怯えたように僕にしがみつくアリア。
目の前の怪物にみな呑み込まれていた。
うがあああああぁぁぁぁぁぁ!
おぞましい叫び声と共に、どす黒いブレスを吐き出す。
それだけで、災厄の竜を閉じ込めていた白亜の霊脈の一部が消滅していた。
「リリアン!」
「分かってるの! ――『幻想世界!』」
このまま放っておけば、どれほどの被害が出るか分からない。
どうにかしてこの化物は、ここで止めなければならない――リリアンはそんな僕の気持ちをあっさりと読み取った。
否、リリアンは勇者だ。
同じことを考えただけかもしれない。
「イシュア、私たちなら倒せるよね?」
「うん。このパーティは最強だよ。あんな出来損ないのドラゴン――楽勝だよ!」
「うん。相手にもならないの!」
根拠のない自信。
それでも僕たちは言葉を交わし、互いを励まし合う。
そうでもしないと呑み込まれてしまいそうだった。
(さて、どうしたもんかね……?)
目の前には、かつて勇者が何十人も集まって封印が精一杯だったというドラゴン。
そんな化物との戦いが、今にも始まろうとしていた。
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