47.元・勇者の末路① ~勇者としてのプライドを失った者~

「もう大丈夫です。僕の元パーティのリーダーが、ご迷惑をおかけしました」


 あれでもアランは僕の知り合いだ。

 想わず頭を下げる僕に、

 

「なにを言ってるんですか! イシュアさんは何も悪くありません!」

「そうです! この村を病気から救ってくださっただけでなく、危険な薬からも私たちを守って下さった!」


 村人たちは口々にそう言う。

 


「今は気絶していますが――どうしましょう?」


 僕はアランを指差した。


 症状の原因であった「闇のマナだけが足りなくなる」なんて現象を、僕たちは探っている。

 出来ればこの村に、留まっておきたい。



「そこまでイシュアさんたちの手を煩わせる訳にはいかねえ。俺たちで責任持って、王城まで送り届けるさ!」


 迷う僕に村の自警団のひとりが、そう申し出る。

 村人を人質に取ろうとしたことに、深く憤っているようだ。



「アランは、勇者のスキルを持っています。あまりに危険です――ほんとうは僕たちが責任持って王城まで連行するべきなんですが……」

「大丈夫ですよ! どうか私たちにお任せ下さい!」


 自警団のリーダーが、胸を張ってそう答えた。

 そうして倒れているアランを、ぐりぐりと縛りあげる。



(聖剣は封じないとやばいよね……)


 僕も念の為に、空になるまでアランの魔力を奪っておいた。




◆◇◆◇◆


 そうこうしている間に、アランが目を覚ました。

 目を開けて、すぐに現状を理解したらしい。


「ぐ……イシュア!!」

「悪いけど縛らせてもらったよ。アラン、君はこのあと、王城に連れて行かれる。勇者の後始末は、国王陛下の役割だからね」


 僕の言葉を聞き、アランは顔色を失った。

 アランの行為は、勇者に任命した国王陛下の顔に泥を塗るものに他ならない。


 国王陛下の怒りを買った者がどうなるか。

 既に犯罪者の紋を刻まれた状況での違法薬物の売買。

 牢に入れられるだけですめば良い方だ。

 流刑か処刑か――どちらにせよ、2度と表舞台には帰ってこられないだろう。

 


「……その薬はどこで手に入れたの?」

「俺は何も知らされてない。俺は犯罪者が集まったギルドに雇われただけだ――なあ、見逃してくれよ?」


「犯罪者ギルドに雇われた?」

「ああ。ノービッシュの街で声をかけられてな――許してくれよ。ほんとうに何も知らないんだよ」


 みすぼらしく、僕たちに懇願するアラン。

 今さら手遅れなのは、本人も分かっているだろうに。


 見逃せるはずがない。

 勇者は名実ともに、ただの犯罪者に成り下がってしまったのだ。




「アラン、あなたに勇者としてのプライドはないの?」


 リリアンが我慢できない、というように会話に割り込んだ。


「バカバカしい。俺が勇者になったのは、勇者の特権を使って、おもしろおかしく生きるためだ。こんな状況で、プライドが何になるって言うんだ?」

「……魔王を倒して、平和な世界を創るために勇者になったんじゃないの?」


「ふん、たいていの勇者は俺とおんなじだよ。甘い汁をすすりたいだけさ。理想を抱いて勇者になるやつなんて――よっぽど頭がおかしいんだろうさ」


 聞くものを蝕む毒のような言葉。

 叩きつけられたどす黒い感情に、リリアンは思わず息を呑んだ。



 カチンときた。


「アラン。その言葉は聞き捨てならないよ」

「ああ?」


「ここには、理想を追いかけてる本物の勇者が居るんだ――アランに馬鹿にする権利はないよ」

「イシュア……さん?」


 きょとんとこちらを見てくるリリアン。



「理想を抱いてなにが悪い。アリアは夢を叶えて聖女になった。そのときの喜びを、傍で見ていた僕は知ってる」

「先輩……」


「リリアンは、僕が一番尊敬する勇者だよ。理想に生きて、そこに向かって一生懸命で――だから力を貸したいと思ったんだ。全力で挑まないとって思えるんだ。……アランみたいな人には、絶対に分からないよ」


 そんなお互いの生き方が、今の結果に繋がっている。

 ――自覚があるのだろう。


 アランは口をパクパクさせていたが、なにも言い返さなかった。

 



「イシュアさん、あとは我々にお任せ下さい。話しても時間の無駄です」


 話はどこまでも平行線。

 見かねた自警団のひとりが、アランを引きずるようにして、馬車に向かって歩き始めた。




◆◇◆◇◆


「あのあの、イシュアさん? ほんとうですか?」

「ん、なにが?」


 アランを無感情に見送った後。

 リリアンがもじもじと、上目遣いでこちらを覗き込んだ。


「あの――さっきの……」

「リリアン、アランの言ったことは気にしないで――」


「あんなのは、どうでも良いの!」


 気にしてないなら良かった。



「それよりも――イシュアさんが私のことを……」

「うん。僕が一番尊敬してる勇者は――いや、聞き返されると恥ずかしいんだけど!?」


 アランのせいだ。

 わくわくとこちらを見ているリリアンに、思わず面食らう。


「イシュアさんが一番尊敬してる勇者が私。――えへへ」

「掘り返さないで! ……恥ずかしいから! 恥ずかしいから!!」


 勢いでとはいえ、本人の前でなんということを口走ってしまったのか。

 慌てて止める僕に、リリアンはなおも言葉を重ねてきた。



「……私も! イシュアさんが、一番尊敬できる冒険者です!」


 顔を真っ赤にして宣言するリリアン。


「ありがとう。リリアンからそう言ってもらえると、ほんとうに自信になるよ」

「ひゃいっ! 私もイシュアさんに――」


「リリアン、僕の名前は呼捨てでお願い。僕だけ呼び捨ててるのに、リリアンだけ戻ってるのは不公平じゃない?」


 結局、リリアンからの呼び方は元に戻ってしまっていた。


「ほえ!? イシュアさん。イシュアさん、イシュア……?」


(その調子!)



「イシュアさん、あだ名とかない? 恥ずかしいの……」


 ぷるぷると涙目で震えるリリアン。


(う~ん……)

(馴染んでしまった呼び方を変えるのは、意外と大変……なのかな?)


「あだ名。あだ名かあ……」




「先輩、先輩! いつまでもこんなところで、何してるんですか?」


 そうしていると、アリアがひょこひょこっと僕たちを呼びに来た。

 広場に集まっていた人たちは、みんな野草の講座(リディルがものすごく張り切っていた)に向かったようだ。


「それなの! 『先輩』なの~!」

「それは絶対に違うよね!?」


「う……、イシュア~。あだ名も難しいの……」

「ごめん、悩ませたい訳じゃなくて……好きに呼んで良いよ?」


「うう……イシュアの優しさも心に痛いの――」


(お、良い調子!)



 笑い合う僕たちを、アリアがぷく~っと膨れながら見ていた。

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