42.マナポーター、医術師ですら匙を投げた男の子を、一瞬で治療してしまう!

「症状が出たものは、診療所に集められているはずです」


 既に連絡が行っていたのだろう。

 到着した僕たちは、そのまま診療所に通された。


「原因がまったく分からなくてね。回復魔法をかけ続けて、本人の治癒力に委ねるしかない状態なんだ」

「白露の霊薬――万能薬を使って効果あったのは、せめてもの救いだよ」


 診療所に居る医術士たちは、誰もが力不足を悔いるように暗い表情をしていた。



「患者の数は?」

「ハーベストの村では、他の街からの患者も受け入れていてな。ざっと100人ほど」


「それほどか……」


 領主は、口惜しそうにうめく。

 保存の効くように加工された白露の霊薬を、これから精製しなければならない。

 全員に行き渡らせるのは不可能だった。

 


「仕方ない。とにかく症状の重い者から、順番に使っていくしかなさそうだな」

「そうだな。歯がゆいところだ」


「そ、そんな!?」

「残されたものはどうすれば……!」


「本人の体力を信じるしかないだろう」


 一瞬希望が見えただけに、落胆も大きかった。

 重々しい空気が診療所内に漂う。



(こんな状況で、僕にできることは……)


 どうしようもない、という閉塞感。

 重い空気を断ち切るように、僕は声を上げた。


「患者さんの様子を、見せていただくことは出来ますか?」

「なんだい君は……?」


「今回のクエストを受けて来た冒険者です。メンバーに聖女も居るので、お力になれると思います」


 ぺこりとアリアがお辞儀をした。


「せ、聖女様だと!?」

「聖女みたいな凄い人が、こんな田舎の村に来るはずがないだろう……?」


 半信半疑の医術士たちに、


「こちらの方々は、白露の霊薬の運搬クエストを引き受けて下さった信頼できる方々です。なんと勇者パーティが引き受けて下さったのです」

「勇者のリリアンです。イシュアさんたちの実力は、私が保証します!」


 集まった人の視線を集めながらも、リリアンは堂々と言い切った。


「イシュアさんは、エルフの里で死にかけた世界樹を蘇生するという信じられない芸当までしています! ほんとうに頼れる人です!」



「ユグドラシルを!?」

「聞いたことがある。死にかけたユグドラシルを生き返らした冒険者が居るなんて噂……!」

「国王陛下が貴族籍を与えようとしても、『そのお金でもっと民の生活を豊かにして下さい』って断ったとか!」

「なにそれ、カッコよすぎる!!」


 おおおお、とどよめきが起こる。


(ええ……!? その噂どおりなら、ただの失礼な人じゃん!)


 ちらりと見ると、リリアンとアリアは誇らしげな笑みを浮かべていた。

 そうして僕たちは、患者の眠る病室に案内されたのだった。




◇◆◇◆◇


 通されたのは小さな個室だった。

 中では小さな男の子が、苦しそうにベッドに横になっていた。


「お父さん、お母さん。ぼく、死んじゃうのかな……?」

「馬鹿なことを言うな……! もう少しで領主様が、薬を届けて下さるからな……!」


 少年の傍で、両親が励ますようにその手を握っている。



「原因がまったく分からなくてね。手の打ちようも無いんだよ……」


 医術師はお手上げだと首を降った。


 僕はそっと、男の子に近づく。

 額に手を触れて、マナの調子を探る。



「――な、なにこれ……!?」


 そうして思わず声を出してしまった。


「マナのバランスが崩れています。これでは体調を崩すのも当たり前です」

「マナのバランス?」


「はい。闇のマナが極端に足りていない状態ですね」


 すべての生き物は、一定量のマナを持っている。

 炎魔法が得意な者は炎属性のマナ、水属性が得意な者は水属性のマナと個人差はあるが、個人が活動しやすいマナのバランスを保っているのだ。



「先輩、つまりどういうことですか?」

「乱れたマナのバランスを調整すれば、すぐに良くなると思います」


 白露の霊薬が効いたのも、おそらくは体内のマナのバランスが調整された為だろう。

 万能薬の効果のひとつが、たまたま症状を和らげるのに役立ったのだ。



(これなら僕の方で、どうにか出来そうだね!)


 マナの供給なら、僕の本分とも言える仕事だ。

 僕は意識を集中して、男の子に注意深くマナを注ぐ。



「どうかな? だいぶ良くなると思うんだけど――」

「ありがとう、お兄ちゃん! つらいのが一気に楽になった!」


「アルテ! あんたもう大丈夫なのかい!?」

「うん! もう元気だよ!」


 マナのバランスを整えてやると、男の子はいままでぐったりしていたのがウソのようにケロッとした顔をする。



「念のため。祝福を――『ヒーリング!』 アルテくん、しばらくは安静にしてるんだよ?」

「は~い! 聖女様もありがとうございます!」


 みるみる顔色の良くなった男の子は、ケロッした顔で「お腹すいた~!」などと言い出した。

 そんな男の子を力強く抱きしめて、親子は泣きながら笑い合う。



「ほんとうに、なんとお礼を言ったらよいか」

「あなたたちは、私の息子の命の恩人です!」


 何度も何度も、頭を下げてくる男の子の両親。


「力になれて良かったです」


「さすが先輩です! マナのバランスなんて普通は分かりませんよ。任意の属性のマナを注ぎ込むなんてことも、普通は出来ない芸当ですしね!」

「そ、そうかな……?」


 今回も、身につけていたスキルがたまたま役に立っただけだ。

 しかし――


「き、奇跡だ……」

「原因が分からず万能薬に頼るしかなかったところを、あっさりと原因を突き止めて治療まで――!」

「万能薬だ! イシュアさんは、歩く万能薬だ……!」

「イシュアさん! 神の奇跡のごとき施術、感動しました! 是非とも医術師組合に加入して下さい!!」


 この部屋でひととおりの出来事を見守った医術師たちの反応は違った。



(医術師!?)

(そんな専門職、僕につとまる訳がないからね!)


 僕は大慌てで断る。

 とても残念そうな顔をされたが、もう少し冷静になって欲しい。



「イシュアさんとパーティを組むのに、どれだけ苦労したことか。そう簡単にイシュアさんを取られるわけにはいかないの!」

「それはリリアンが空回りしてただけじゃ――」


「ディアナ! 世の中には言っちゃいけないこともあるの……!」


 後ろでぷく〜っと膨れるリリアン。



「アリア、次の患者さんを見せてもらおう」


 僕は逃げるように病室を後にするのだった。


 

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