39.【SIDE: 勇者】勇者、犯罪者ギルドの傭兵として怪しい依頼を引き受けてしまう!

「料金が足りないようですね。またのご利用をお待ちしております」

「くそっ」



 俺――アランは、ノービッシュの宿屋で舌打ちをしていた。


 ついに所持金は、底を付いてしまったのだ。

 散々にヤケ酒をしてきた報いである。



「俺は勇者だ! それぐらいはツケておいておくれ」

「元・勇者、ですよね? 返すアテはあるんですか?」


「俺に相応しいクエストがあれば、すぐにでも倍にして返す!」

「話になりませんね、どうぞお引き取り下さい」


 丸っきり相手にされず、ギリィっと歯ぎしりする。



(クソッ、俺が何をしたって言うんだ!)


 主人に馬鹿にするような目で見送られ、俺はとぼとぼと宿屋をあとにするのだった。




◆◇◆◇◆


「お困りみたいですな。元・勇者さん?」


 宿屋を追い出された俺に、そんな声をかけてくる者が居た。



「誰だ? 何の用だ?」

「そう邪険にするなよ。貴様に相応しい依頼を持って来てやったぜ?」


 顔をフードで隠した怪しい男。

 警戒心丸出しの俺に、飄々ひょうひょうとした様子でそう声を掛けてくる。


「俺に相応しい――依頼だと?」

「話を聞くつもりがあるのなら……付いてこい」


 男は一方的にそう言い、返事も待たずにスタスタと歩きだした。



「ま、待て! 少しは説明を――」

「おまえに何か言える余裕があるのか? こっちはお前じゃなくても、一向に構わないんだぜ?」


 ギラギラ輝く鋭い眼光に射貫かれ、俺は黙りこむ。



(ふざけやがって!)

(だがクエストの依頼は久々だな)


「な~に、おまえにとって悪い話じゃないさ。俺たちは働き手が欲しい。おまえはクエストを受けたい――利害関係は一致しているだろう?」


 男は薄く笑う。

 ギルドを介さず、犯罪者の紋を刻まれた者に直接声がかかるクエスト。

 ろくでもない話だと言うのは、冷静に考えたならすぐに分かっただろう。


 それでも俺は、冷静さを失っていた。


(な~に、話を聞くだけだ)


 自分自身にそう言い聞かせる。

 そうして俺は、男に付いて行くことを決めるのだった。




◆◇◆◇◆ 


 そして俺が連れていかれたのは、今まで足を運ばなかった裏通り。



「こんなところまで連れてきて、何のつもりだ?」

「そんなに警戒するなよ。仲間を紹介するだけだ」

 

 男が足を止めたのは、ボロボロの物置倉庫であった。

 それなりに広さがあり、集合場所としても使えそうだった。



「おうおう、なんだ。新人か?」

「今度のは、それなりに使えるやつなんだろうな?」


 どこから現れたのだろう。


 俺たちを見て、物陰から続々と人が現れる。

 その誰もが――『犯罪者の紋』を付けられていた。



「ま、まさか――」

「相応しい依頼と言っただろう? 元・勇者さん」


 『勇者』という言葉を、男は皮肉たっぷりに強調する。


(元・犯罪者の集まりだと――!?)

(ふざけるな。俺はそこまで落ちぶれていない!)


「こんな奴らと一緒にクエストが受けられるか! 俺は帰らせてもらう!!」

「まあまあ、せっかくここまで来たんだ。話だけでも聞いて損はないぜ?」


 男は、ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべた。

 気が付けば倉庫の出口にも人が立っていた。

 最初から、俺をただでは逃がすつもりがないらしい。



「まさか犯罪者ギルドだとはな……」

「そんな目をするなよ。世界樹を殺しかけて犯罪者の紋を刻まれた――お仲間だろう?」


(一緒にするなっ――!)


 そう叫びたかったが、言葉にならなかった。


 男の言うことは、もはや何も間違っては居ないのだ。

 今の俺は勇者の肩書きも持たず、刻まれた犯罪者の紋から逃れることもできない。



「くそっ。何が狙いだ?」

「厄介な依頼が届いてな。傭兵を雇いたい」


「傭兵だと……?」

「勇者としてのスキルは優秀なんだろう? 戦力としては申し分ないはずだ」


 男は依頼の詳細を話し出した。


 話の詳細を聞いて、俺は悟る。

 冒険者ギルドを介した依頼でないのも当たり前だった。

 違法薬物の運び屋――その護衛。

 

 やばい臭いがプンプンする。

 絶対に手を出しては行けないもの代物だ。

 だが――



「報酬は金貨10枚」

「――っ!」


 宿代すら払えない今の俺には、魅力的な提案に思えた。


「おい、安全なんだろうな……?」

「そこはおまえの実力次第だ。元・勇者だったんだろう? 俺の見立てが正しければ、おまえはかなりの実力者だ。チョロい依頼だと思うぜ?」


 男は都合よくそんなことを言う。


 

「――引き受けよう」

「決まりだな」


 気が付けばそう答えていた。



(どうして、こんなことになっているんだ……?)


 遅れて押し寄せてくる言いようもない虚しさ。

 それでも背に腹は代えられない。


 ただ流されていくように。

 ――元・勇者は、どこまでも転がり落ちてく

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