33.【SIDE: 魔王】とんでもない人間がいるようだ……

 ここは魔界に存在する魔王城の作戦室

 どのようにし人間界に攻め込むか、魔王と四天王が作戦を練っていた。



「がっはっは! 回りくどいやり方など不要。やはり正々堂々、正面からパワーで押し切るのが手っ取り早い」


 そう主張するのは、魔王直属の四天王ことイフリータ。

 厳つい体躯を持つ炎巨人モンスターである。


「そうはおっしゃいますけど――あなた勇者にボッコボコにされて、命からがら逃げ帰ってきたじゃないですか?」

「あれは負けた訳ではない! ちょっと油断しただけだ!!」


 そうイフリータを煽るのは、同じく四天王・ウンディネだった。

 水で出来たゼリー状の体を持つ、妖艶な美女を模したモンスターである。



 イフリータが中心となり、人間の村を襲撃したことがあった。

 楽勝だと思われた作戦だったが、たまたまその村に勇者が居合わせたのだ。

 たった1人の勇者にイフリータは惨敗し、多くの犠牲を出しつつ逃げ帰っている。



「これだから脳まで筋肉で出来たバカは嫌なんです。少しは頭を使って下さいな?」

「そういう貴様の作戦も、大失敗だったではないか!」


 吠えるようにイフリータが応戦した。

 ウンディネは、鼻白んだように黙り込む。


 ウンディネが立てた作戦はシンプルだった。

・まずは世界樹に過剰な瘴気を送り弱らせる

・弱ってきたら、瘴気を人間にバレないようジワリジワリと拡大していく。

・エルフの里を一気に攻め滅ぼし、今後の侵略の足掛かりにする


 ――そんな作戦だったのだが……




「イシュアって言うんだっけ? なに、あのバケモノ――ちょっとチート過ぎない?」

「予想外すぎましたね。せっかくの作戦が、一瞬でパーになりました」


 シルフの愚痴に、ウンディネも真顔でうなずく。


 シルフは、小さな体でぱたぱたと飛び回る妖精型モンスターの四天王だ。

 今回の作戦では、瘴気を発生させる役割を負っていた。

 ウンディネと同じく変化球を好み――イフリータとは真逆のタイプと言えた。 



「ボクの自信作――もう少しで憎々しいリリアンも倒せそうだったのに」


 悔しそうに言ったのは、土を司る四天王のノーム。

 彼はモンスターの改良を専門にしており、その腕一本で四天王という地位まで上り詰めたのだ。


 リリアンのクエストで討伐対象だったオーガキング亜種を生みだしたのもノームだった。

 ダメ押しとばかりに、瘴気をたっぷりと吸わせていた。

 これなら四天王にすら引けを取らない強さだと、喜んでいたのに――



「なんで当たり前のように、瘴気を中和してくるんだあいつ!?」

「それ以前に、勇者・リリアンの『幻想世界』にあっさりと入り込んだのがおかしいでしょ? 私ですら風を操って中の様子を探るのが精一杯だよ?」

「幻想世界の魔力消費を、モノともしないんですよね。ちょっと意味が分からないです」


 ウンディネとシルフの作戦は、たったひとりの人間によりぶち壊されていた。

 その人間の名はイシュアという。




「ウンディネ、それは本当なのか?」


 魔王が一番気になったのは、そこだった。

 人間の魔力で、世界樹を侵す瘴気を払うなど普通なら不可能だ。


「本当です。あの魔力量はまさしく規格外――マナのコントロールも合わせれば、正真正銘のバケモノですよ」

「ふむ。ウンディネが、そこまで言うか――とんでもない人間が現れたようだな」


 魔王城には重々しい空気が漂う。


 イシュアが魔王たちに与えたインパクトは、それほどに大きかったのだ。

 絶対に成功すると思っていた作戦を、たったひとりの人間に覆されたのだ――無理もない。




 その沈黙を破ったのは、イフリータであった。


「やっぱり小細工は抜きだ!! 魔王軍たるもの、下手なことはせずパワーで押し切るしかない!!」


 彼の主張は何ひとつとして変わらない。

 何よりもシンプルな力と力のぶつかり合いを好むのが、イフリータというモンスターなのだ。



 

「ふむ。良いだろう――」

「ちょ、魔王様? 正気ですか!?」


 魔王がうなずくと、ウンディネはギョッとしたように魔王を見る。


「もちろん戦力強化は必須だ。イレギュラーがあったとしても、やはり最大の敵は勇者だ。勇者を相手にするなら――こちらも勇者に力を借りれば良い」

「でも勇者というのは、魔王様に歯向かうからこそ勇者なのですよね? 私たちに力を貸すものなんて居ないでしょう」


「ふっふっふ。それはどうかな?」


『アビス・フィールド!』


 魔王は魔法を発動する。

 そうすると魔王たちの前に、とある映像が映し出される。


「世界樹にとどめを刺しかけた勇者(笑)じゃないですか!?」


 驚くウンディネの言葉に応えるように、映し出された映像から声が流れ出した。



 ――――――――

 ――――

 ――


『くそっ。この刻印のせいで、ろくなクエストを受けられやしねえ!』

『どうして俺がこんな目に遭わないと行けないんだっ!』


 新人冒険者、それも『犯罪者の紋』が刻まれた元・重犯罪者。

 信頼度はゼロどころかマイナス。

 まともな依頼も受けられず、誰も引き受ける者が居なかったクエストを受注し、その日暮らしの生活を送っていた。



『俺がこうなったのは、全てイシュアの野郎が悪い!!』

『あいつさえ居なければ、俺は今ごろ華々しく活躍していたはずだ!!』


 元・勇者は反省するどころか、イシュアを逆恨みしていた。




◆◇◆◇◆


「――どうだ? こんなのでも勇者は勇者。勧誘できそうだとは思わないか?」

「がっはっは、俺はリリアンと再戦出来るなら何でも構わないぜ? 勇者だろうが何だろうが、借りれる力は借りれば良い!」


 イフリータは豪快に笑い飛ばした。


「でも――こんな奴の力を借りたところで……」

「勇者は勇者だろう? 我らが力を貸せばよい。十分、他の勇者と渡り合う戦力になるだろう!」


 ウンディネとシルフは口ごもった。

 イシュアという底が見えない規格外の敵がいるのだ。

 さらに最強格の勇者・リリアンまで相手だと来た。

 だめだめ勇者を1人仲間にしても、万にひとつも勝てるビジョンが見えなかったのだ。




「臆病者は、俺様が戦果を挙げるのを見ているが良いさ! 魔王様、次の作戦はいつだい?」

「作戦が失敗続きで、士気も下がっている。すぐにでも始めよう――まず落とすべきは定石どおり、ペンデュラム砦だ!」


 魔王が指定したのは、魔界との防衛ラインにある人間の砦。

 攻め滅ぼせば、人間界侵略の足掛かりとなることだろう。




「悪いけど、私はパスで。脳筋イフリータの作戦に乗ってたら、いくら命があっても足りないもんね~」


 あっかんべーとシルフ。

 イフリータはピキピキと青筋を立てたが、魔王が見ている前で行動は起こさなかった。



「その作戦なら、私が勇者の勧誘に向かいますね?」

「それが適任だろう」


 話術に長けるウンディネが元・勇者の勧誘に。



「悪いけどボクはパス。次こそは誰にも負けないモンスターを生み出してみせるよ」

「このマッドサイエンティストめ!」


 マイペースなノームは、魔王城にてお留守番。




「ガッハッハ! 我が作戦に立ち向かえるものは無し!! すべて叩き潰してくれる」


 魔王城の作戦室では、いつまでもイフリータの高笑いが響いていたと言う。

 ――そうして魔王軍による、次の作戦が動き出そうとしていた

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