27.【勇者SIDE】勇者、世界樹にとどめを刺しそうになる!

 やがてエルフの王女―― チェルシーが大勢を連れて戻ってきた。


 彼らは世界樹・ユグドラシルを研究しているプロジェクトのメンバー。

 突如として現れて「任せてくれ」と言い切った人間に、興味津々の様子だった。



(俺が使える中で一番高度な回復魔法はこれだな?)


『リザレクション!』


 瀕死の重傷を負った者すら蘇らせる上位の回復魔法。

 勇者という前衛を張れる役職でありながら、回復魔法も使いこなせるのは俺の密かな自慢だったのだが――



「何の戯れじゃ? 知られている回復魔法などとっくに全て試しておる。ユグドラシルに、初歩的な回復魔法など効く筈がないじゃろう?」


 チェルシーが不思議そうに聞いてきた。



「し、下準備さ。何も問題はないぞ……?」


 そう答えながらも、俺はすでに内心では冷や汗をかいていた。

 俺が試せる回復魔法はそれほど多くないし、その中でもリザレクションが最上位である。



(瘴気に侵されて枯れかけているなら――状態異常みたいなもんだろう!)


『リカバー!』

『アンチ・ポイズン!』 


 俺は焦りながら回復魔法を連発する。



「勇者と言うからどれ程のものかと思えば……」

「そんな回復魔法ごときで治療できるのなら、我々は苦労していないさ」

「瘴気というのはモンスターの生命力で、マナそのものだ。状態異常とは違う」


 そんな俺を見るプロジェクト・ユグドラシルの面々の眼差しは、冷え切ったものだった。



(く、くそっ)

(たかが木のクセに、俺の輝かしい栄光への道を阻むつもりか!?)


 ――そこで諦めて「無理でした」と言えれば

 ――違った未来だってあったのかもしれない



「茶番は終わりだ。勇者の力をお見せしよう」


 しかし後に引けなくなっていた俺は、冷静さを失っていた。

 困ったときは、いつだって助けてくれた聖剣・エクスカリバー。



「アラン殿、いったい何をするつもりじゃ?」

「黙って見ていろ。瘴気のもとを"切除"する」


 俺が目を付けたのは、ユグドラシルの肥大化した1つの枝だった。


 どす黒く変色した枝。

 たっぷりと瘴気を吸い込んで、世界樹全体に悪い影響を与えている――あれが全ての元凶なのだろう、と俺は考えた。

 エクスカリバーで斬り落とせば、たちまち世界樹も元気になるはずだ。



『聖剣よ、我が求めに従って顕現せよ!』


 俺は聖剣を構え、ユグドラシルに斬りかかる。

 俺の一撃は、どす黒く変色した枝をスパッと切断した。



「アラン殿!! なんのつもりですか!?」


 チェルシーが悲鳴を上げる。


「な、なんと罰当たりな!?」

「何ということをしてくれたんだ……」

「貴様! エルフの里を滅ぼすつもりか!!」


 さらには集まったプロジェクト・ユグドラシルの面々も、口々に非難の声を上げる。

 蜂の巣を突いたような騒ぎに、俺は困惑した。


「何をって、俺は世界樹の中で瘴気をたっぷり吸った枝を――」

「あれは瘴気から身を守るためのユグドラシルの本能じゃ。瘴気が大樹全体に行き渡らないようにするための、最後の防衛ラインじゃったのに――貴公は何を考えているのじゃ!?」


 チェルシーは悲鳴を上げた。

 ――その声に答えるように、劇的な変化が起きた。



 集まった人々を絶望させるように。

 世界樹の瘴気による黒いけがれが、ゆっくりと広がっていく。

 天まで届かんばかりの世界樹を覆いつくさんばかりに。



「ああ……ユグドラシルが死んでいく」

「もうエルフの里は終わりだ」


 今までエルフの心の拠り所になっていた世界樹・ユグドラシル。

 瘴気に覆われて死んでいく様子を見て、集まった人々は絶望の涙を流していた。




「何ということをしてくれたんじゃ」

「こ、こんなことになるとは――」


「勇者殿、すまんが出ていってくれ。貴公に任せようと思ったのが間違いじゃった」


 あまりの事態に立ち尽くす俺に、チェルシーから無慈悲な言葉がかけられる。


(まずい――まず過ぎるぞ、これは!?)

(リリアンの代わりクエストを解決するどころじゃない!)



「何かの間違いだ。もう一度だけチャンスをくれ」

「ふざけるではない!」


 そのあまりの迫力に、俺は口を閉じるしかなかった。

 長年ユグドラシルを守ってきたという誇りと、目の前の受け入れがたい現実。



「信じた我が愚かじゃった――ユグドラシルを守り抜くことは、我らの使命であり悲願じゃったのに」


 チェルシーはそっと世界樹に歩み寄り、力を失ったように座り込んだ。


「もうエルフの里はおしまいじゃ。新天地を求めて旅立つが良い」

「そんな、チェルシー様は!?」


「我は世界樹と共に運命を共にしよう。それが使命を全うできなかったエルフの王女の――最後の役割じゃ」


 世界樹が完全に死んでしまえば、エルフの里も瘴気に覆われるだろう。

 そうなれば、この地で生きていくのは不可能だ。


 今さら焦っても仕方ない。

 これから逃げ延びて、果たすべき役割もプライドもなく無様に生き残るぐらいなら、静かに滅びを受け入れるよう――チェルシーが見せたのはそんな覚悟。



 ――そんな絶望の中。

 エルフの里を訪れる人間がいた。


「初めまして。僕たちは世界樹の調査に来ました」

「拒否権はないの~! 私の名前はリリアン、勇者です!」


 一度、勇者を通した門番は、あっさりと2人のこともエルフの里に迎え入れる。

 そうして訪れた彼らは、滅びゆくはずだったエルフの里の運命を変えることになる。

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