28.マナポーター、世界樹・ユグドラシルを蘇らせてエルフの里の救世主となってしまう

 エルフの里に再訪問した僕たちは、拍子抜けするほどあっさりエルフの里に招き入れられた。


(やけにあっさりと入れたね……?)

(ちょっと前のかたくなさが嘘みたいだ)


 正直、ひと悶着あることも覚悟していた。

 しかしリリアンが勇者と名乗ると、門番はあっさり僕たちを通すことに決めた。



「こう言っちゃ失礼かもしれないけどな。入っていった勇者様は、全然エルフの里のことを理解していない様子で――ユグドラシルを任せるには少し不安なんだ……」


 門番がぽろっと口にしたのはそんな理由。




◆◇◆◇◆


 道案内を買って出た門番の後を、僕たちは着いていく。


「先輩先輩、ついに来ましたね! この目で世界樹を見れる日が来るなんて――夢みたいです!」

「ずっと楽しみにしてたもんね。僕も楽しみだよ」


 アリアはテンション高く鼻歌を歌っていた。

 しかし、そんなアリアのテンションも長くは続かなかった。



「そ、そんな……。何ですかこれは?」

「な、何だこれは……!?」


 絶句するアリア。

 付いてきた門番も愕然がくぜんと目を見開く。


 僕たちを出迎えたのは、全体がどす黒く変色した見るも無残な大樹の姿だった。



「勇者様が何を思ったのか、魔衣の枝を切り離してしまったのです。それで一気に瘴気が全体に広がってしまい――」


 世界樹の前には、多くのエルフが集まっていた。

 その誰もが呆然とした様子で、世界樹を見上げている。

 そして世界樹の近くにいるのは――



「アラン!?」

「な、貴様は! 何でこんなところに居やがるんだ!?」


 ギョッとした声で反応するのは、勇者のアランであった。



「いろいろあって偵察依頼を受けて成り行きで……。そんなことよりアラン、君は世界樹に何をしたの?」

「うるさい! マナポーターごときが俺に偉そうな口を聞くな。貴様には関係ないだろう!!」


(今は、そんなことを言っている場合じゃないよね!?)

(この里が滅ぶかどうかの瀬戸際なのに……)


 話を聞いて、何が起きたのかは容易に想像が付いた。

 アランから情報を得るのを諦め、僕は世界樹に駆け寄った。



「世界樹は今にも死にかけていますが――まだ生きています。まだ間に合います。僕に世界樹の治療をさせて下さい!」

「彼の実力は、勇者である私――リリアンが保証します。どうか彼のことを信じて下さい」


 一度、エルフたちは人間の勇者に手ひどく裏切られている。

 信じて治療を任せた結果、あろうことかとどめを刺されそうになったのだ。


 ある者は、困惑した様子で。

 ある者は、もう騙されないぞと冷たい目線を向けて。

 誰も行動を起こせない。




「……本当なんじゃな?」


 そんな中、いち早く決断する者がいた。

 それは世界樹の前に座り込んでいたエルフの少女。


「ええ。ユグドラシルは瘴気を押し返そうとしています――まだ完全に死んではいません」

「座して滅びを待つぐらいなら――。やってくれ! 我は、この里を諦めとうない」


 エルフの少女は、涙を流しながらも強い眼差しで僕を見据える。



「そ、そんな――アーチェ様!」

「人間なんて信じても、ろくなことになりませんよ!」


「このまま黙って終わりを待つぐらいなら――わずかでも可能性があるなら、それに賭けたいのじゃ。責任はすべてエルフの王女である我が持つ」


 エルフの少女――改めてエルフの王女様。


(こ、これは責任重大だよ)

(でも――やるしかない。瘴気を浄化していた世界樹が無くなったらどうなるか……想像するだけでも恐ろしいもん)


 彼女のすがるような視線を受けて、僕は世界樹に向き直った。




◆◇◆◇◆ 


 祈りをささげるエルフの王女。

 固唾をのんで見守るアリアとリリアンたち。


 僕は世界樹に手を当てた。

 少しだけマナを注いでやり、マナが円滑に流れていかないことを確認する。

 

(思った通りだね)

(ここまで瘴気が行きわたってしまったら、中和しても世界樹が先に死んでしまう)


 瘴気による穢れが、マナの循環を阻害しているのだ。

 アランが切り離してしまった瘴気を隔離するための機能――まずは、それを復元しないと話が始まらない。



『マナ・ホール!』


 魔力制御の応用だ。

 闇・呪詛のマナが極端に足りないいびつな魔法陣を生み出し、世界樹に備え付ける。



「せ、世界樹に広がった瘴気が吸い込まれていく!?」

「ええ。マナの特性を利用したものです」


 元々はモンスターからマナを奪い取る攻撃手段だ。

 しかし使い方を工夫すれば、瘴気を吸い出すことが出来るのだ。



「そんな方法で瘴気を吸い出せるのか!?」

「勇者では無かったよな。彼はいったい何者なんだ!?」

「彼なら――もしかするとエルフの里を救えるのかもしれない!」


 集まった人々の目線も変わっていた。

 訝しげにな目つきから、期待の混じった目つきへと。

 


「うん、これならどうにか出来ると思います」

「本当か!?」


「ええ。長年エルフの里を守ってきた――世界樹を信じてあげてください」



『マナ・ホール!』

『マナ・ホール!』

『マナ・ホール!』


 僕は先ほどと同じように、瘴気を吸い込む魔法陣を大量に生み出した。


「リリアンさん、悪いんだけどこの魔法陣を世界樹の――瘴気が特に濃い場所に設置して来てほしい」

「ひゃいっ! 分かりましたっ!」


 リリアンは、魔法陣を受け取り――なんとそのまま空に飛び立った。


(さすがリリアンさん)

(高いところは、僕じゃ手が届かないからね)



「先輩、私は!?」

「アリアは、とにかく回復魔法をかけ続けて下さい。あとは世界樹の生命力次第です」

「分かりました!」


 アリアは元気に返事すると、回復魔法を唱えはじめた。

 心強い限りだ。


「イシュアさん、私にも何か出来ることはあるか?」

「ディアナさんは――そこで応援していて下さい」

「そ、そうか……」



 これで準備は万端。

 徐々に元の色を取り戻していく世界樹を見ながら、僕は瘴気を中和するべく魔力を注いでいく。


 慎重に、時には大胆に、瘴気を中和するべく魔力を注いでいく。

 たっぷりと1時間近い時間をかけて、僕は世界樹の死んでいたマナの循環機能を蘇らせていく。



(瘴気を浄化できるキャパシティをオーバーしたときのことも考えると、中和するための光属性の魔力も蓄えておくべきだね)


 どす黒く変色していた世界樹は、気が付けばすっかり元の色を取り戻していた。

 マナが行き届けば、じきに元気を取り戻すだろう。



「出来るだけのことはやりましたが……」


 さすがに世界樹に魔力を注いだ経験などない。

 自信なく振り返った僕を、




「おおぉぉぉぉ!」

「完全に死にかけていた世界樹から生命の息吹を感じる――!」

「アリア様、リリアン様、イシュア様! あなたたちはまさしく私たちの――いいえエルフの里の救世主です!!」


 どーっと湧き上がる歓声が迎えた。


 アリアたちが「え、私も?」と驚くが、当たり前だろう。

 世界樹の周りを飛び回って魔法陣を設置し続けたリリアンと、最上位の回復魔法を絶えずかけ続けてくれたアリアが居なければ、世界樹の蘇生には成功していない。



「もうダメだと思っておった。貴公らはまさしくエルフの里に舞い降りた救世主じゃな!」


 エルフの王女――チェルシーも歓喜に瞳を潤ませそう言う。 

 僕は自分に出来ることを精一杯やっただけだ。



「ユグドラシルが息を吹き返した! 今日は祭りだ――!」

「エルフの里に舞い降りた救世主様に感謝を!」

「イシュア様、バンザイ! イシュア様、バンザイ! イシュア様、バンザイ!」


 あまりの熱気に気圧された僕は、



「ど、どうしよう。アリア~!?」


 頼れる聖女様に助けを求めるのだった。



「お、お任せしました。頑張ってください先輩!」


 ――もっとも、頼れる後輩も、目を白黒させて僕の後ろで震えていたけれど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る