29.エルフの里でお祭り。逃走を試みた勇者は、あっさり捕縛される!

 世界樹の蘇生を喜ぶ人々にまぎれて、こっそりとエルフ里から脱出しようと試みる者がいた。

 彼の名はアラン――世界樹・ユグドラシルにトドメを刺しかけた……大変にダメな方の勇者である。



「どこに行くつもりだ?」

「事態も解決したし、この場には別の勇者も居る。俺はお役御免かな〜……なんて」


のがす訳ないだろう! この里を滅ぼそうとした大罪人が!!」

「どう責任も取るつもりだ!」

 

 気がつけば、彼の周りにはエルフの兵たちが集まっていた。

 目的はアラン――ユグドラシルにトドメを刺しかけた彼は、もはや犯罪者扱いだった。



 この場に、アランの味方は居ない。

 それでも諦めきれないアランは、往生際悪くキョロキョロと辺りを見渡し、


「おい、イシュア――こいつらに何とか言え。俺を助けろ! 俺がこんな目に遭うなんておかしいだろう!?」


 目ざとく僕を見つけて、そんなことを言う。

 一方的に追放しておいて、あまりにも都合の良い要求だ。



「アラン、ここで世界樹が死んでたらエルフ里は終わりだった。そうしたらエルフと人間の関係がどうなっていたか――少し考えれば分かるよね?」

「黙れ! マナポーターの分際で、俺に逆らうつもりか!?」


 白けきった周囲の反応が、アランには分からないのだろうか。

 以前パーティを組んでいた時と変わらぬ彼の態度は、いっそ哀れなほどだった。


  

「……アランのことは、拘束しておいて下さい。国に帰ったら、きちんと国王陛下に報告して――しかるべき報いを受けさせます」

「こ、国王陛下に報告!?」


 何をそんなに驚いているのだろう。

 国王陛下に報告して、しかるべき判断を下してもらう――重犯罪者への対応としては、しごく当然のものだろうに。



「な、なあイシュア? 俺の処置は適切だったよな。俺は、何も悪いことなんて――」


「アランのいい加減な処置のせいで、世界樹が死にかけたのは事実でしょう?」

「事の重大さを少しは認識して下さい。あまりにも往生際が悪すぎます」


 バッサリと切り捨てる。

 隣にいたアリアも、軽蔑した視線を元・リーダーに向けていた。



 そうしてアランは、警備隊に囚われ牢に拘束されることになった。

 国に帰ったら国王陛下の手によって、しかるべき報いを受けることになるだろう。


「同じ勇者として情けないの」

「……同じ勇者だとは思いたくもないな。私はリーダーがリリアンで、本当に良かったと思ったよ」


「リリアンさんは立派な勇者だと、僕も思います」

「ひゃいっ!? ……ありがとうございます!」


 僕のふと漏らしたつぶやきに、ひゃーと大げさに反応するリリアン。



(な、なんだろう……)

(なにも変なことはしてないよね?)


 なんにせよ表情がコロコロ変わって楽しい少女だ。

 こんなリーダーが相手なら、アリアと一緒にパーティに加わるのも楽しいかもしれないな――僕はそんなことを思うのだった。




◆◇◆◇◆


「祭りだー! 祭りだー!」


 世界樹の蘇生は、エルフの里で暮らす者にとって、想像以上に大きな意味を持っていたらしい。

 テンション下がらぬまま、里をあげてのお祭りが開かれることとなった。



「ささ! 救世主様はこちらへ」

「向こうで、お酒も用意しております!」

「救世主様に、下手なものはお出しできねえ! 一番の食材を取り揃えろ――!」


 あれよあれよという間に宴の準備が調えられ、僕たちはその真ん中に招かれる。


「私は何もしてないけど……良いのか?」

「当然です! 救世主様ご一行を、ムゲにすることなんて出来ません!」


「それにディアナさんには、オーガキングを倒した立役者ではありませんか。十分、今回の異変を解決した中心人物のひとりです!」

「それもイシュアさんのおかげで――」


「遠慮なんて無しです! せっかくのお祭り、みんなで楽しみましょう!」


 恐縮した様子のディアナ。

 僕はやや強引に、彼女を宴の中心に引っ張っていった。

 リリアンだって絶対にその方が喜ぶはずだ。



「エルフの里に救世主が来てくださったことと――!」

「世界樹が無事に救われたことを祝って――乾杯!」


 そうして僕たちは、エルフの里のお祭りを楽しんだ。


 最高級のエルフの特産品が、惜しみもなく振舞われる。

 僕たちを歓迎するために、エルフの踊り子たちが優雅に舞踊を舞う。

 長年の悩みが解消したおかげか、誰もが晴れやかな笑みを浮かべていた。


 僕たちがお祭りを堪能していると――


「楽しんでおるか?」

「ええ、とっても」


 主催者であるはずのチェルシーが、こちらにやって来た。


「世界樹は、いずれ死ぬ運命なのかと思っておった。延命治療が良いところじゃと――こんな日が来るなんて、まるで夢のようじゃな」

「お力になれて良かったです」


「イシュア殿。貴公らには、本当に感謝してもしきれない。金銀財宝が欲しいというのなら叶えよう。今はこんなことしか出来ぬが、困ったことがあればいつでも言ってくれ――必ず力になると誓おう」

「ちぇ、チェルシーさん!? 頭をあげて下さい――!」


 頭を深々と下げたエルフの王女。

 僕は慌てて、彼女を止めようとした――王女の頭は軽いものではない。


「こうして立派なお祭りまで開いていただきました。気持ちだけで十分です」

「――貴公は無欲なのじゃな。本当に立派な冒険者じゃ」


 まるまると目を見開くチェルシー。




「酒じゃ~! 酒を持ってまいれ~」


 やがて気持ちを切り替えたように、明るい声でそんなことを言う。 


「いえーい、お酒です!! 今日は果実酒をコンプリートするまで眠らないと決めました!」


「おー! 聖女の嬢ちゃんは、すごい良い飲みっぷりっだな!!」

「えっへん、聖女は酔いを浄化できるんです! 無敵なんですよ~♪」


「アリア~~!? 飲みすぎちゃダメ~!」

「先輩先輩、ヒーリングさえあれば大丈夫です! そんなことより、先輩もこっちで飲みましょう? このグレープ酒がですね~、ほんとうに絶品なんですよ~♪」


 一方、アリアの周囲はカオスだった。

 調子にのって、上機嫌でお酒をカパカパと飲み干す聖女様。

 ……手遅れだった。



 さらには――


「しくしく。どうして私の気持ちは、イシュア様に届かないの~!?」

「リリアン! だ、誰だ。リリアンにジュースじゃなく酒を渡したのは!?」


 少し離れたところでは、何故かわんわんとリリアンが泣いていた。


「うわ~ん! 私みたいな弱っちい勇者、どうせイシュア様に嫌われちゃってるんだ~」

「落ち着けリリアン! とりあえず、その酒から手を離すんだ――!」


「い~や~!」


 お酒を大事に抱え込み、駄々っ子のように首を振るリリアン。

 呆れた顔で宥めすかすディアナと、視線が合った。


 哀愁ただよう無言のアイコンタクト。


(……お互い、苦労してるんだな――)


 そんな妙な親近感を覚えた。




 結局、エルフの里をあげてのうたげは明け方近くまで続いた。

 熱気は冷めぬまま、エルフの人々の喜びを発露するように。

 そんなエルフの里の様子を見守るように、世界樹・ユグドラシルは瑞々みずみずしい葉を茂らせ、どっしりとたたずんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る