26.【勇者SIDE】勇者、あとに引けず世界樹の治癒を引き受けてしまう

 国王から直々の依頼を受けた俺は、早速エルフの里に向かっていた。



(ふむ……。道中では、特に問題も無かったな)


 馬車を乗りついでの移動だ。

 周辺には、昇格したモンスターが出るとのことで警戒していた。

 しかし馬車道には警備隊が詰めていることもあり、目立った異変は無かったように思う。



「まずは聞き込みから始めるか」


 そうしてエルフの里に向かった俺だが、


「また人間か。許可のない者を、エルフの里に入れる事は出来ない」


 門番にあっさりと拒否された。

 

「俺は勇者だ。エルフの里を調べさせて欲しい」

「勇者が1人っきりで歩いている筈がないだろう。なにを企んでいる!?」


 ここぞとばかりに、俺は勇者としての冒険者ライセンスを掲げた。

 それでも難色を示す門番に、俺がじだんだを踏んでいると、



「これは何の騒ぎじゃ?」


 1人のエルフの少女がやって来た。


(か、可愛い――!)


 美しい少女だった。

 幼さの残るあどけない顔立ち。

 長く伸ばされた黄金色のサラサラの髪が印象的だった。



「チェルシー様!」


 驚きながらも、門番たちは少女に敬礼する。

 「うむ」と当たり前のようにエルフの少女はうなずいた。



「チェルシー様。この『勇者』を名乗る人間が、エルフの里に入れろと要求して来てまして……」

「名乗るとは何だ。俺は正真正銘『勇者』のジョブを持ち、国王陛下からも勇者と認められている男だぞ!?」


 なおも門番たちは、胡散臭いものを見る目つきだった。


「ふむ、我はチェルシー。エルフの王女じゃ。人間の勇者よ、いったい何の用じゃ?」

「エルフの里周辺の様子がおかしい、そう聞いたのでな。調査に来たのだ」



 チェルシーは、俺の答えに難しい顔で考え込んでいたが、


「……いつまでも隠し通せるモノでは無いじゃろう。解決の見通しも立たぬ。さすがに潮時じゃろうて」

「分かりました、チェルシー様」


 チェルシーが頷くと、パッと門番たちは脇に避けていった。


「その者を招き入れるが良い。世界中を巻き込む大混乱に発展する可能性もある。人間にも協力を仰がねばならぬじゃろう」


 なんとも不穏なことを呟くチェルシー。

 彼女の後をついていく形で、俺をエルフの里に足を踏み入れる。




◆◇◆◇◆


 チェルシーに案内されて、俺はエルフの里の中を歩いていく。

 自然とともに生きている美しい集落だった。


「なあ、どこに向かっているんだ?」

「しらばっくれなくとも良い。貴公が世界樹の調査に訪れたことは、分かっておる」


 そうして案内された先は、天まで届こうかという立派な大樹の前だった。

 傍に立って見上げても、まるで頂上が見えなかった。


(これが世界樹・ユグドラシルか――)


 その大きさよりも、まず目立つのは――



「枯れかけてないか?」


 世界樹はしおれかけていて元気がなかった。

 また根本の方には瘴気に侵され、どす黒く変色した枝も存在している。



「そのとおりじゃ。世界樹は今、急速に生命力を失っておる。瘴気の浄化も、思うように出来ない状態なのじゃ」


 元々この周辺は、瘴気が濃かったのだろう。

 世界樹による瘴気の浄化により、どうにかモンスター以外が住める環境をキープしていたのだ。


(今は世界樹が弱っている)

(なるほど。瘴気が浄化されないせいで、モンスターが凶悪化してるのか)


 一連の出来事が繋がった。

 繋がったが……俺の手には余る問題に思えた。



 だとしても――


「俺は勇者だ。任せてくれ」


 今さら後には引けなかった。


 これは国王陛下からの勅命依頼だ。

 何がなんでも、このクエストは成し遂げなければならない。

 失敗すれば謁見の間でウソを付いていたこともバレて、ジエンドである。



「ほんとうか? 貴公ならどうにか出来るのか!?」

「ああ、俺は勇者だからな」


(世界樹って言っても、所詮は木だからな)

(ちょこちょこっと回復魔法をかけてやれば、すぐに元気になるだろう!)


 楽観的すぎる考えだった。



「おお! 頼もしい。さっそくプロジェクト・ユグドラシルのメンバーを呼んでこよう。貴公はここで待っておれ」


 そう言ってチェルシーは、パタパタと走り去るのだった。



(世界樹の回復をはかるためのプロジェクトがあるのか!?)


 俺は萎れかけた世界樹の前で、途方に暮れていた。

 専門チームが、回復魔法を試すなんて初歩的なことを試していない訳が無い。



(な、なんだか大掛かりな話になってしまったな? ヤバくないか!?)

(……落ち着け、俺は勇者だ。こんな木の一本や二本、簡単に蘇生してみせる!)



 残念ながら、気合いだけでどうにか出来るほど現実は甘くない。

 しかしウソにウソを重ねていた俺は、既に引けないところまで来てしまっていた。

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